《「できるのか? お前にオレをこいつから引き離すことが、できるのか? できないよなぁ。お前とオレとじゃあ
オレが勝つ! 既に証明されたことだからなぁ! おまけにお前の霊力はオレがたらふく頂いた! 今立ってるのだって
やっとのお前が更に無理をして小石程度の霊力を生み出したところで勝敗は揺るぎやしねぇよぉ。くはははは!!」》
鬼面の男は一言一言じっくりと力強く言い放ち、最後にまた笑う。
肩を震わせて笑うその姿はもうカルクや俺に注意なんてしていない。
あの巫女服の女の子と会話が始まった時点で完全にそっちに意識を持っていっている。
巫女服の女の子は答えないし、表情も変わらない。
気がつけば手には数枚の札があり、眼には敵対の意思がある。
揺ぎ無いだろうそれは、でも身体を支えるには足りないように見えた。
《「……ふん。ここらで人を喰っとくのも悪くねぇ。それが肉親なら尚更、な」》
ぶつけられるものが気に食わなかったのか鬼面の男の声が低くなる。
巫女服の女の子がふらつきながら構えを取った。
もう二人が戦うのは必至だ。
緊張が高まり、二人がどちらともなく動き出す。
――――前に駆け出した。
鬼面の男の言葉を鵜呑みにするつもりはないが、このまま二人を戦わせるつもりはない。
ちょうど俺に背を向ける形になっている鬼面の男までは約六歩。
《「あん?」》
三歩目で鬼面の男が気だるそうに肩越しにこっちを見る。
さっきから邪魔ばかりでいらついているのかもしれない。
お構いなしに四歩目を踏み出しながら、やたらと背中を見せるのは余裕だけじゃあないな、という思考を動く風景に流す。
《「ったく、弱っちいクセによぉぐっ!?》
俺のことを見たときには既に跳びかかっていたカルクが振り下ろした杖が、鬼面の男の後頭部を一撃する。
鈍い音の一瞬後、それでもふらつくだけに止まった鬼面の男が即座に反撃しようとするが、その前にカルクの追い討ち。
「『汝、試練に拒否されり』!!」
鬼面の男の頭に触れたままの杖の先端から半透明の薄い壁が現れ、同時に鬼面の男の身体が前動作無しで縦に回転し、
顔面――鬼面――を打ち付けクレーターの底に倒れる。
そこへ、最後の六歩目でクレーターに跳び下りながら刀を振り下ろす。
硬い感触。
刀の一撃が当たる直前に鬼面の男は身体を転がして遠ざかった。
追い縋って刀を振るおうにも、跳び下りて着地してすぐの身体は動かない。
その間に鬼面の男は転がる勢いで体勢を立て直そうとして―――――落雷。
誰の手によるものなのかは言うまでもない。
こっちも怯んでしまったが、直撃した鬼面の男は硬直している。
次はこっちの方が早い。
一足で踏み込み、再び刀を振り下ろす。
が、再び硬い感触。
鬼面の男は腕立て伏せの身体を持ち上げる動きで一気に立ち上がって少し屈んだかと思うと、そのままクレーターを跳び出し
俺たちから距離を取った。
そのまま俺たちを見回した後、自分の両手で何度か握りこぶしを作って舌打ちした。
《「起きたて、支配したてじゃあ霊力がいくらあっても足りねぇってのに……ちぃと暴れすぎたなぁ、おい」》
話しかけているのか独り言なのか分からない口調で話し、くははは、と笑い声。
それに釣られるようにして、じゃざっ、と砂の上を滑る音。
「四神」
鬼面の男から眼を離すのも危険だから、同調している四神に様子を確認してもらう。
『あの女の子が地面に座り込んでる。今襲いに行かれたら私たちじゃ間に合わない』
四神の緊張した声。
だが、鬼面の男はどういうわけか一歩、二歩と後ろへ下がっていく。
追いかけるか? いや、退いてくれるなら追わないほうがいいか?
一瞬躊躇し、その躊躇に言葉を被せられて動けなくなってしまう。
《「どうも俺ぁ浮かれてるらしいわ。まさか一人も殺してねぇとはな。そんくせ気分は上々だ。ま、寝起きの運動だしこんな
もんだろうよ。ただし、次は万全だ――――出会えば殺すぜぇ?」》
さっきまで殺気を振りまいてたとは思えない、友達をからかうような口調。
どうにも調子が狂うが、言ってることからして退く気なのは間違いないだろう。
姿が遠ざかるのを見送る。
《「そうだ――――郁乃」》
更に後ろに下がっていく鬼面の男が、途中で気づいたように足を止めて巫女服の女の子へ呼びかけた。
巫女服の女の子のいる辺りから息を呑む気配。
それに気が付いているのか、続きが口にされる。
《「さっき言ったお前を喰う、というのは一時お預けにしておくよ。本当ならもっと鬼に近くなるまで姿を見せないでいる
つもりだったからね。探したければ探せばいい。―――――そんな資格があると思っているなら」》
今までとあまりに違う口調。
兄が妹に話しかけるような優しさ。
それがあんまりにも不自然すぎて思わず眼を見開く。
鬼面の男の方はそれで言うことは言ったとばかりに身を翻して、助走をつけて枯れ木の枝へ跳び、そこからまた跳んでいき、
あっという間に姿が見えなくなる。
緊張していた身体から力を抜いて、ようやく視線を移す。
地面に座り込んで、悔しさに肩を震わせている巫女服の女の子。
鬼面の男がいなくなったことが引き金になったのか、座り込みながらも自分を支えていた何かが無くなった様に横倒れになり、
ピクリとも動かなくなる。
慌てて巫女服の女の子の元へ駆け寄る。
「大丈夫なのか? この子」
『分かんない。とりあえず車と医者と――――ああ、もうカルクが空けた穴も塞いどかなきゃいけないし……! とりあえず
その子見てて! すぐに車来させるから!」
言うだけ言って同調を解除した四神が携帯を片手に小走りに駆けていく。
少し離れてから携帯で誰かと話し始める四神を見届け、その場にしゃがみこみながら巫女服の女の子の口元に手をかざす。
冷え始めていた手に暖かい息が規則的に当たる――――息はしている。
その事に安心して、とりあえず変に動かさないほうがいいかなと考えているとこへ遅れてやって来たカルクが座り込んでいる
俺の頭上に覆いかぶさるように巫女服の女の子を覗き込む。
「やっぱこういう時はそっとしといた方がいいんだよな? 何も知らないのに動かしたりするよりはそっちの方が――」
「よく眠ってるみたいだね。初美ちゃんの呼んでる車で運ぶまではそっとしとこうか」
「――あ? え? 寝てる?」
気楽な発言にカルクを見上げると、鬼面の男と対峙していたときの雰囲気のなくなった、いつものカルクがそうだよ、
と苦笑しながら答えた。
そういえば手に当たる息は規則的で、寝ている人のそれだよなということにカルクの顔を数秒見つめて気がつく。
「寝てるのか。ずいぶんふらふらしてて倒れたから焦ったけど、良かった」
「焦ったのは僕だよ。あの鬼面が慢心してて隙をつけたからいいけど、いきなり割り込もうとするなんて」
「う……悪い。いや、でもあのまま二人を戦わせても結果は明らかだったろうし、つい」
カルクの軽いお説教にばつが悪くなって顔を巫女服の女の子へ戻す。
頭上から降り注ぐお説教の続きを聞きながら、少し苦しそうに眠るその顔を見る。
僅かな不満が表情に出そうになって、奥歯をかみ締めた。
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