カルクはクレーターの向こうの鬼面の男を見つめる。
 一歩踏み出せばクレーターへと落ちるその場所からカルクの足が動くことはない。
 直感通りに痛い目にあい余裕がなくなった以上、カルクに自分から仕掛けることはできない。
 ――――向かってくる鬼面の男を迎え撃ち、かつ一撃で終わらせる。
 それまでの攻防を考えれば、できると思えるほうがどうかしている手段をカルクは選んだ。
 一撃で終わらせられるのであれば、そも痛い目など見なかったとカルク自身で分かっているというのに、だ。
 だからこそ、分かっているからこそカルクはチャンスを見逃すわけにはいかない。
 そのためにカルクはクレーターの前に陣取り、そうすることで鬼面の男の移動経路を限定させた。
 鬼面の男ならクレーターを飛び越えることなど容易いだろう、故にカルクに迫るまでの経路は限られる。
 その限られた経路の中で自分に迫ってくるパターンをできるだけ想定し、カルクは既に自分に向かって走り出している
鬼面の男を迎え撃つべく杖を構えた。
 カルク目掛けて走る鬼面の男の速度は常人よりわずかに速い程度だが、それでも普通の範囲。
 まるで後のないカルクを嘲笑うかのように迫る。


 鬼面の男――に憑いた鬼面――に魔法使いについての知識など無い。
 ソレが肉を持って存在していたうちに、魔法使いなどという者が挑んでくることはなかったからだ。
 取り憑いた神楽坂 耕介の記憶を探ってもあるのは言葉と文字の記録だけ、それも戦うのに充分と言える量ではない。
 ならば退くのかと言えば、それは断じて否。
 鬼面は純然に鬼であり、であるから鬼面の男に逃走の二文字は無い。
 それが鬼と言うものだ。
 己に立ち向かう者を殺し、そうでない者だって殺し、存在全てで人を恐怖させる。
 ずっとそうしてきたそれを、人の身だからと変えるつもりなど鬼には無い。
 鬼面の男は走り出す。
 まだ扱い方の理解が満足でない身体と相手についての不十分な知識と経験。
 要素だけ見れば不利だが、だが相手のあの眼、相打つ覚悟をした者が見せる眼とよく似た眼を見ればそんなもの
鬼面の男にはどうでもよくなった。
 鬼を殺そうと武器を手に立ち向かう者の中に、そんな眼をする者がいた。
 それを一切の希望を与えずに殺すことが、鬼は何よりも楽しかった。

 相手がどんな手段を使おうが――――――死なず、殺す。

 死ぬ間際、あの魔法使いはどんな顔を見せてくれるのか。
 想像して口元を笑いに歪ませながら、鬼面の男は走っていた足をクレーターの手前で強く踏みしめる。
 死なずに殺すこと、それだけを考えカルクへと襲い掛かる。


 クレーターの手前、鬼面の男の姿がカルクの視界から消える。
 カルクは迷わず上空を仰ぎ見て、視線がそこで止まる。
 見えるのは引き伸ばしたような水色の空だけ。
 想定した中で一番確立が高かった上空に鬼面の男の姿が無い。
 迷うだけの時間も無い。
 ハズしたら終わりだと、次に確立の高かった場所へ眼を向ける。
 カルクが鬼面の男を視界に収めるのと、カルクのその想定が正解だと告げる声は同時だった。

「カルク! 下だ!!」

 先の攻防でカルクが作ったクレーターの斜面。
 身体を傾けながら走る鬼面の男がそこにいる。
 鬼面の男へ杖の先端を向けて口を開こうとするカルク。
 だらりと下げた両腕の拳を軽く握り締めながら飛び掛るタイミングを計る鬼面の男。
 そして――――クレーターの近く、次の瞬間にはすれ違いそうな二人の間を狙うように地面に張り付く一枚の札。

 その札に吸い寄せられるように、不愉快な声を上げながら紫電が落ちた。


-------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ --------


 鬼面の男にいいようにやられた俺が出て行ったところでカルクの助けになるとも思えなかったが、カルクの方が劣勢に
見えたので、カルクに向かって叫びつつ結界の中から駆け出た。
 普段のやわらかな雰囲気からは想像できない追い詰められたような表情のカルクに、その表情も分からない鬼面の男。
 どうやってカルクを助けようかと考えていると二人のすぐ近くに、快晴の空の下、雷が落ちた。

「――――っ! なんだ!?」

 足が止まる。
 普通の人の腕ほどの太さの雷は近くにいた二人のどちらにも当たってはいない。
 カルクは鬼面の男に注意しながらも視線をそちらへ向けている。
 クレーターの斜面を走っていた鬼面の男もクレーターの下に飛びのいて、そちらを見ていた。
 俺も一応鬼面の男に気をつけながら二人が見ている方へ視線を動かして、視線の先、公園の入り口近くの枯れ木に身体を
預けている人影を見つけた。

 真っ先に眼についたのは巫女服。
 白と赤のソレに小さな身体を包んだ女の子だった。

 何でここに人が、という疑問は特に無い。
 既に鬼面の男がいるのだからもう一人くらい誰かがやってきても驚きはしない。
 だけど、神主装束の鬼面の男に巫女服の女の子。
 あの巫女服の女の子がどちらの側なのかと単純に考えれば、相手側だろう。
 だから敵が増えたという事実に歯を噛み締める。

『武。あの女の子やっぱり鬼面の味方かしら?』

「多分。だけど――――」

 巫女服の女の子を見て同じことを考えたらしい四神に答えながら、ふと気づく。
 鬼面の男を見る巫女服の女の子の視線。

「――――睨んでる?」

 遠目なのではっきりと見えるわけではないけど、そう見える。
 それがどういうことなのか考えるより先に、巫女服の女の子は枯れ木から身体を離してふらり、ふらり、と一歩ごとに
倒れるんじゃないかと思わされる足取りで歩き出す。
 ゆっくりゆっくりとこちらへ近づき、鬼面の男と対峙するような形でその足を止めた。

『……単純に鬼面の味方、ってわけでもないみたいね』

「ああ」

 なら、あの巫女服の女の子は鬼面の男とどういう関係なんだろうか?
 ようやく浮かんだその疑問は巫女服の女の子が自ら答えを口にした。




「――兄さんを返してもらうぞ、鬼面」




 幼いが凛とした声は苦しさが混ざっていてもよく聞こえた。
 兄さん………つまりあの二人は兄妹。
 どうして兄妹が対峙し――――いや、巫女服の女の子は返してもらうぞ、と言った。
 誰に?
 男が付けている鬼面に向かってだ。
 つまり鬼面の男は鬼面に操られているような状態、ということなのか。

《「っはは、くはははははははははは!!!!!!」》

 鬼面の男が上半身だけ震わせながら笑う。
 どうしても抑えることができないような、そんな笑い声だった。

 その声に、どうしてか巫女服の女の子が辛そうな顔をした。



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