鬼面の人物の動きをよく見る。
 距離は大体四、五メートル程。
 さっきの木の枝からの跳躍のことを考えれば、ほとんど無いようなものだ。
 鬼面の人物が正面を向いて右足を一歩前に踏み出す。
 駆け出そうとしたのを確認して――――身体が風圧を感じる。

 眼の前には、鬼面が。

「う、おっ!?」

 刀を振ろうにもお互いの身体が近すぎて振り切れない。
 後ろに下がろうと足を動かすには、遅すぎた。
 腹に衝撃。
 思いっきり吹き飛ばされて、そのまま地面を滑る。
 ある程度滑って身体が止まるのと同時に、何とか離さないですんだ刀を杖代わりに立ち上がる。
 公園の隅まで吹き飛ばされたらしく、すぐ側の背後には枯れ木が並んでいる。
 鬼面の人物はというと拳を構えるでもなく、悠然と俺がいた場所に立っていた。

「ぐ、っ」

『武! 大丈夫!?』

「ああ、平気、だ。……………………四神、お前には今のどういう風に見えた?」

 殴られた所を左手で擦りながら四神に聞いてみる。
 身体の中に錘でもあるようなずしりとした感覚はあるけど、痛みは無い。
 ついさっきカルクから貰った護身結界とやらがきちんと作用してくれてるおかげだろう。

『え、ええと。もの凄い速さで眼の前まで現れて、右の拳をお腹に叩き込まれたみたいだった、けど』

「やっぱ、四神にもそれくらいにしか、見えないか」

 速過ぎる。
 もう一度同じことをされても反応できるか自信がない。

「はぁ、は――――――っ」

 荒くなりそうな息を押し留めて、杖代わりにしていた刀を構える。

 痛みこそ無くても、ずしりとした感覚はダメージがあるというれっきとした証拠だ。
 致命傷ではないけど、ノーダメージと言うわけでもない。
 このまま反応できずに攻撃を貰い続ければ、ダメージは蓄積していくことになるし、耐えられなくなることも充分ありえる。

 つまり、そういう状態だった。
 二、三発は攻撃をもらうことを覚悟する。
 その間に一撃でも当てれればそれでいい。
 問題は一つ。

『武、来るよ!』

 四神の声が先か鬼面の人物が動いたのが先か、鬼面の人物がこちらに向かって駆け出してくる。
 吹き飛ばされた分距離はあるので、今回は鬼面の人物の動きが見える。
 だからよく分かる。
 鬼面の人物は腕を曲げずに伸ばしたまま、普通に走ってきているだけ。
 ただ――――その普通が速過ぎる。
 さっきの倍以上は距離があったハズなのに、それが分かった時にはもうほとんど迫られている。
 少し焦りながら右から左へ刀を一閃させる。
 まだ刀の範囲内ではないけど、相手の速さなら遅いということはない。
 鬼面の人物は速さを落とさないまま迫ってきて、刀の攻撃を避けた。

「――――――――」

 言葉も出ない。
 足元には膝を曲げた状態で俺を見上げる鬼面の人物。
 鬼面の人物は速さを落とさないまま膝を曲げ、中途半端なスライディングをするように地面を滑りながら刀の一閃を避けて
足元までやって来た。
 攻撃が、来る。
 それが分かっていても反応できない。

 だから問題は一つ。
 二、三発程度のやり取りでこの速さに反応できるようにはなれない、ということ。

「ごっ―――!!!」

 さっきの蹴られたサッカーボールのように吹き飛ぶのとは違う、ふわりとした浮遊感。
 立ち上がる勢いも乗せた拳で顔面を殴られて、足が地面から離れる。
 浮遊感は数秒も続かずに終わり、背中から地面に落ちる。
 落ちた痛みは特に感じず、殴られた顔面も痛みこそないけど、何と言うかじんじんと痺れた感じがする。
 刀は手放してしまったらしい。
 とりあえず、仰向けの状態でそれだけ把握して身体を起こし――――――――が、背中は地面から離れない。

《「強くはないがやけに頑丈だな。この身体の使い方がうまくないのは当然として、それでも殺せると思ったが」》

 初めて聞いた鬼面の人物の声は、若い男の声と、低い、それこそ鬼を想像できる声とが重なっていた。
 そしてその鬼面の人物――男――は、俺の身体を右足で押さえながら見下ろしている。

「く…!」

 足を使っても腕を使っても押さえつけられた身体はちっとも動かないし、刀も顔を動かせる範囲には見当たらない。
 どうする? もう二、三発は覚悟するという状況じゃあない。
 このままだと殴られ放題のサンドバックに――――





《「さて、お前はどれくらい殴り続ければ死ぬ?」》





 考えている間にも鬼面の男は身体の上に馬乗りになる。
 両腕は鬼面の男の膝で押さえられて動かせない。
 そんな何もできない状態で、鬼面の男は何の迷いもなく右腕を振り上げて、










「魔法式一番、伝達、発動―――――!!」











 先端部分に小さな赤い壁を展開させた杖の、フルスイングの一撃を真横からくらって身体の上からいなくなった。
 いつの間に近づいたのか、カルクがすぐ側にいる。
 カルクはこっちに見向きもせず杖を右手に持ち直して、懐から小石くらいの玉のようなものを空いた左手に
持って四方に投げると、間髪入れずに呟く。


「『テンジョウに至る柱』」


 そこまでの行動が数秒のものなら、その後の光景は一秒とかかっていなかった。

 四方に結界だろう壁が現れ、それが空へと伸びていく。
 まるで太陽にだって届きそうなくらいにまで伸びるそれは、間違いなく柱だった。
 そんな光景に少し眼を奪われていると、何かで殴りつけたような鈍い音が響く。
 鬼面の男がいなくなってとっくに自由になっていた事をようやく思い出した身体を上半身だけ起こして音のした
方を見ると、結界の柱から後ろに跳んで距離を取っている鬼面の男が見えた。

 カルクにぶん殴られた後、すぐに体勢を戻して殴りかかったけど、結界に防がれたってところか。

 そのまま立ち上がってカルクを見ると、俺が手放した刀を手渡してきた。

「ごめんね。人払いの結界の中に誰か入ってきた感じがしたから一通り様子を見て回ってたんだけど、まさか
武君たちの方に来てたとは思わなかった」

「いいよ、ちょうど助けてくれたし」

「タイミングは良かったみたいだ。に、してもあれは………『霊力使い』かな?」

 最後の部分の声が小さくてよく聞こえかったけど、鬼面の男を見るカルクの視線が鋭くなったのが分かる。
 鬼面の男も砕けない結界を前に動かないでこっちを見ている。
 数秒、無言の時間が過ぎる。

「ふむ。じゃちょっと行ってくるから、待ってて」

「カルクどうする―――――って、え?」

 受け取った刀を軽く持ち直してカルクに問いかけるのと同時に、カルクが自販機にジュースでも買いに行く
ような気楽さでそう言った。
 止める間もなく結界の柱から出て行く。
 慌てて後を追おうとしたけど、カルクが左手でいいから、と制した。


 そうして、柱の外、鬼面の男と結界の魔法使いが対峙する。



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