もう冬になったと言っても差し支えないくらい寒い日々が続いているとある休日。
 朝から最近は格闘ゲームにハマりだした四神の相手をさせられていたら、昼前に四神が魔物の気配を察知した。
 そういうわけで、パンを二つほど急いで食べて四神と並んで走っている。
 吐き出す空気は白くなって即座に後ろへと流れて消えていく。
 さすがに昼間では人目があるだろうからと、カルクに人払いの結界を張ってもらうように四神が連絡していた
のを聞いていたかぎり目的地は近くの公園らしい。

「でも、昼間から出てくるなんて初めてじゃないか?」

 四神が連絡し終わるのを待って、慌てて部屋を出る時から思っていたことを聞いてみた。
 今まで四神の手伝いをしていて昼間に魔物が出るなんてことは無かった。
 出てきたのは全部が全部夜だ。

「うん。こんなの初めて。カルクも少し不思議がってたし」

 答える四神も本当に初めてのことらしく困ったような顔をしている。

「何なんだかな。ま、早く終わらせちまおう。寒い」

「そだね」

 俺と同じように白い息を吐いて頷く四神と一緒に、公園へと急いだ。

-------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ --------

「やぁ、思ったより早かったね」

 公園の入り口まで来ると、先に来ていたカルクが右手を軽く上げた。
 俺と四神も手を上げて応えながら、呼吸を落ち着ける。

「一応この辺りには人払いの結界を張ったから大丈夫だよ。公園の中にも人はいないし」

 カルクがそう言って公園の中を見る。
 公園は一目で全部見渡せるほどしかなく、壁のように植えられている木と、子どもが遊ぶための砂場や遊具くらいしか
ないので中の様子はよく見える。
 だけど、その公園の中に魔物の姿は無い。

「カルク。魔物はいないのか?」

「結界張って来たときには見かけなかったんだけど…初美ちゃん、気配はする?」

「うん。たぶんまだ公園の中だと、思う」

「でも見えないよな。それともそういう魔物か?」

 もう少し前の季節なら木の枝にでもいれば葉で隠れることもあるだろうけど、葉も全て枯れ落ちた今の季節じゃ
それもない。

「そういう魔物がいないとは言えないし……もしかしたら近くを移動してるかもしれないし、だね。じゃあ、僕は近くを
見て回るから、二人は公園の中に入ってみてくれるかい?」

 カルクの提案に俺も四神も頷く。
 もし見えない魔物だとしたらじっとしててもしてなくても変わらない。
 それなら動いた方がいい。

「言うまでもないけど気をつけてね。はい、これ」

 と、言いながら何か、少し大きなビー玉のようなものを渡される。

「何だこれ?」

 渡されたソレを手の中で転がしながらカルクに聞いてみる。
 ソレは少し白みがかっていて、ビー玉と言うよりは石みたいな触感をしている。

「護身結界だよ。普通の打撃だとかの威力を無効化、とまではいかないけど緩和してくれるから持っとくといい。
昨日ようやく材料が揃えられてね。ポケットとかに入れとくだけで効果が発揮されるから。一応武君に渡しといた
方がいいだろう?」

「そうね。実際戦うのは武だもん」

「ん、じゃあありがたく使わせてもらう」

 そう言ってビー玉みたいな護身結界をズボンのポケットに入れる。
 そのままカルクは公園から離れて、俺は四神と同調して中へと歩いていく。
 入り口近くで鞘から抜いた刀を両手で持って公園の中央で立ち止まる。
 そこからぐるりと周囲を見回すが、やっぱりそれらしい姿は見当たらない。
 数少ない遊具もブランコや滑り台といったもので隠れる場所はない。

「気配はまだあるんだよな?」

 もう一度周囲を見回しながら同調している四神に話しかける。
 数秒沈黙が続いた後に答えが返ってくる。

『やっぱりこの中にいると思う。それも近く』

 四神の声は緊張が混じっているが、魔物の気配なんて分からない上に、その敵の姿が見えないからあまり緊張しない。
 まったくしていないわけではないけど、四神ほどではない。

………………オ――――――ォ―――………………

 だから、最初それが風の音か何かだとしか思わなかった。

『武! 右っ!』

 四神の声に反応して即座に右へと振り向く。
 やっぱりそこには何もない。
 わけがわからず四神に問いかけようとして、変化はすぐだった。

…………――オ―――オ――ォ―――オ…………

 風の音か何かとしか思っていなかったそれがよりはっきりと聞こえる。
 まるで死にそうな人間が出すような掠れた呻き声。
 それと同時に前方に白い靄みたいなものが現れて人の形になっていく。

「………四神、こいつでいいのか?」

『うん、そいつが今回出現した魔物で間違いない』

 さすがに敵が眼の前に現れた以上緊張感が増す。
 とりあえずいつでも斬りかかれるように身体の準備をして敵を見る。
 人の姿をした幽霊、と言われて何人かはイメージしそうな、そんな敵。
 たぶん敵もこっちを見ているのだろうけど、何の反応も起こさずただ佇んでいる。
 距離は数メートルほど。
 しばらくお互いを見つめて、先に動いた。

「ふっ!」

 敵の手前まで踏み込んで刀を右から左へ横薙ぎに振るう。
 迫る刀を見ても何の反応も見せず佇むだけの敵。
 でも、当たるはずの一撃は空振りになった。

「な…っ!?」

 体勢を戻して敵がいた場所を見る、けどそこに敵はいない。
 見間違いではない。
 攻撃が当たる瞬間に佇んでいた敵は留まるのを止めたとばかりに風の流れに乗って霧散した。

………オ―オ――ォ―――………

 そしてまた呻き声。
 よりはっきりと聞こえる。
 だけど、姿がどこにも無い。

「くそ……厄介な敵だな」

………―オオ―――ォ―オ………

『後ろ!』

 すぐさま後ろに振り返る。
 そこにはさっきと同じように白い靄が現れている。
 次は、人の形になりきる前に斬りかかった。
 刀を振り上げ一気に振り下ろす。



 そして、空振る。



 敵はまるで刀を振り下ろした時に生じた風に吹き飛ばされたようにして霧散した。

「四神、どうする? たぶんこのままだとこれの繰り返しになるぞ」

『そう、ね。カルクに連絡しましょ。近くにいるハズだからすぐ来れるだろうし』

「結界で動きを封じてもらう、ってことか」

 四神の提案に賛成してズボンのポケットから携帯電話を取り出す。
 周囲を見回しながらカルクの番号にかけようとして、視界に今まで無かったものを見つけた。

 公園の、壁のように並んで植えられている木。
 その中のちょうど角に植えられている木の一つ。
 枝の上にそれは立っていた。
 少し遠目だけど、それが変なのは一目で分かった。

 所々破けてボロボロ――特に右腕の袖は肘から下の部分が無い――の神主装束。
 そして、顔を覆っている何かの面。
 何の面なのかまでは分からないが、確実なのは顔が、表情が読み取れないということ、なのに。
 なのに、どうしてか――――――

「笑っ…た?」

 面が笑ったように見えた。
 嫌な、予感。
 同時に、疑問。
 どうして、今、ここに、俺と四神とカルク以外の人物がいるのか?
 この辺りにはカルクが人払いの結界を張ったはずなんだから、誰かが来る事はないはずだ。
 でも、こうして俺は来るはずのない誰か、を見ている。

 嫌な予感が自分の中で膨れ上がっていく。

 もしかして、もしかすると。

「おい、四神、あそこにい――――」

 俺の背後の方を見ているだろう四神に声をかけようとして、見つけてからずっと不動だった面の人物が動いた。
 膝を曲げてしゃがみ、数秒力を溜めるようにしたかと思えばこっちに向かって一気に跳躍した。
 見上げねばいけないくらい、空高くに。
 木の枝から跳んだとかいうことを抜きにしても普通ではない、まるで砲弾でも撃ち出したような跳躍。
 そして俺が見上げる中、跳んだ時と比べればゆっくりと面の人物が落下してくる。

……オ――オ――――ォ――――オ―……

『武、また後ろ!』

 そこへ、四神の声が頭に響く。
 たぶん背後にはまた白い靄が現れているのだろう、けど、今後ろに振り返るわけにはいかない。
 白い靄と面の人物。
 何もしない敵と何かするかもしれない、敵か味方かも分からない人物。
 加えて面の人物の目的も一切不明。
 どちらが危険かなんて、いくら俺でも分かる。

『―――え?』

 俺と同じ方向を見たらしい四神がようやく面の人物に気がついた。
 でも遅かった。
 面の人物の姿は徐々に大きくなっている。
 どうするべきか迷って数秒、身体は動かないでいる。
 その数秒のうちに面の人物の姿はさらに大きくなって――――――




ザッ




 見上げる俺の上をギリギリで越えて、少し高い場所から飛び降りただけのような普通の音を立てて着地した。
 背後のすぐ近く、確実すぎる存在感。

「――――――っ!」

 攻撃することも防御することも考えずほとんど条件反射で振り向く。
 面の人物からの攻撃は無かった。
 見えたのは人の形にまでなっていた白い靄と、その白い靄に向かって駆け出している面の人物。

 面の人物が白い靄に手を伸ばす。
 白い靄は俺が刀を振るう時と変わらずただ佇んでいるだけ。
 そして触れそうになればまた霧散するはずの白い靄は、面の人物に首を掴まれそのまま地面に倒された。

―オ―――ォ――オ――――――!

 白い靄の呻き声にかすかに驚きが混じる。
 俺と四神も眼前の光景に驚いた。
 その間にも面の人物は腰だけ曲げて白い靄の首を押さえている体勢から膝を曲げて、顔を白い靄の顔面に近づける。


 そして、喰った。


 いや、正確にはよく分からない。
 面の人物の顔が白い靄の顔面に触れるか触れないかまで近づいたかと思えば、白い靄は呻き声さえ無く消えた。
 さっきまでのような霧散ではなくて、消滅。
 それなのに喰ったなんて思ったのは、少し離れていたが、屈んで背中を見せている面の人物からごくり、と何かを
飲み込む音が聞こえたような気がしたからだ。

 刀を構える。

 面の人物が立ち上がって、右腕が前になるように身体を横に向け、顔だけをこっちへ向けた。
 はっきりと見えなかった面をまともに見る。
 古ぼけた赤色。
 鋭角的な形に二本の角。
 口は牙で閉じられている。
 何より特徴的なのは、額の部分に一つ縦に細長く眼のような穴があること。
 まるで鬼を模したような面、鬼面。

 面の――鬼面の人物はこっちの頭の先から足元まで一通り観察して笑った。
 牙で閉じられた口を開いて、笑った。



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