明け方。

 魔法使いは己の過去から眼を逸らさないために、

 傀儡師はただ復讐のために、

 死神は親しい者を死なせないために、

 舞台へとあがる準備を整えている。

 戦闘まであと――――――――十八時間。





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「すみませんお巡りさん」

 突如声をかけられた警官は声の主に振り向いた。
 そこにいたのは、黒い革の手袋をした男と、その男と寄り添うようにして歩く女性だった。

「はい。どうかしましたか?」

 なるべくにこやかに話しかける。
 が、内心では警戒も怠らなかった。
 まだ表沙汰にはなっていないものの、最近また殺人事件が起き始めているため警察は張り詰めていた。
 だからこそ朝早くに昨日の夜に数人の不良集団が殺された現場に姿を見せ、声をかけるこの男女に少なからず
違和感を感じたのだが。
 男はにこやかに話しかけた警官ににこりと笑いかけ―――

「済まないが私の傀儡の性能を試すのに協力してくれ」

 戦慄させる眼で警官を睨んだ。
 言葉の意味こそ分からなかったが自分の身に危険が、それも生半可でない、が迫っている事だけを感じとり
警官は拳銃を抜いた。
 それを眼の前の男に向けようとして――――――
 腕が動かない。
 見ると腕は折れてだらりと垂れ下がっている。
 手に力が入らずに拳銃は地面に落ちた。
 いつの間にか一緒にいた女性が警官の腕をへし折っていた。
 徹夜で仕事をしたから疲れているんだろうという考えはでも、痛みによって現実だと知らせてくる。
 叫びそうになるのを必死で我慢し、警官は走り出した。
 折れた腕からは血が溢れ出て地面に赤い道を描く。

 ここで叫ばずに無線機のあるパトカーまで駆け出したのだから、この警官は優秀と言える。

 だが駆け出した先にはもう何も無かった。
 視界が暗くなり、身体中に力が入らない。
 最後の最後で自分に何が起きたのかは理解できた。
 だが、それはとてもじゃないが信じられない。
 あの女性の――――女性でないにしろ人間の腕が胸を貫いて心臓を抉り取ったなんて。
 と、ても――――――――――

「言うだけあって確かに上々の出来だな、これは」

 胸に穴を開けて倒れている警官を眺めて男―――焔は呟いた。
 手から伸びる糸を動かし、傀儡である女性を引き寄せる。
 その女性の頬に手で触れる。

「もうすぐだ、もうすぐ君を殺した魔法使いを殺せる。殺せるんだ」

 女性は何も答えなかった。



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「てっきり嫌われたかと思ったんだけどね」

 昼休みの屋上。
 武と初美に呼び出され何事かと思えば、昼食を食べようということだった。
 怪しい感じはしたものの断る理由がなかったので行くことにした。
 屋上はちょうど曇りで太陽が隠れているためあまり暑くはなかった。
 フェンスの近くに腰を下ろし、三人で黙々と昼食をとる。
 その間に焔のことを聞かれるのかと思っていたが、二人はそれにはまったく触れず世間話を振ってきた。
 それはそれで都合がいいのだがあまりにも普通な二人が逆に不自然だった。

「それは、まぁ嫌ってたし後でいろいろしようとは思ったけど、武にお説教されて確かに悪かったかな
…って思って。だから今日は仲直りってつもりで誘ったの」

「……そうなのか。うん、そういうことなら良かった」

 知らず笑みがこぼれる。
 やはり親友の子供に嫌われるのはあまり嬉しくはない。
 だからカルクは素直に喜んだ。

「いいんだけど、でもだからって今回の件に関しては悪いけど――――」

「それも別にいいの。カルクだっていろいろあったんだろうし…ってこれは武に言われたんだけど」

「ああ、昔いろいろとあったんだ。だからね。ごめん」

「ううん。でも何かあったら呼んでね。すぐ行くから」

「…わかった」

 そのまま楽しい雰囲気で昼食は終わり、カルクは書類の後片付けのために先に屋上を立ち去った。

 屋上のドアが閉まったのを確認すると初美は鞄から小型の無線機を取り出す。

「状況は?」

『A、視界良好』

『G、いつでもいけます』

『M、問題ナシ』

『H、―――――』

『―――――』

―――――――――――――――――――――――

 その後も延々と続く数々の報告。
 それを全て聞き終えて初美は満足そうに頷いた。

「了解。いきなりの頼みで悪いけど各自がんばってください」

『ラジャー!』

 そして無線機をしまう。

「さ、武。行きましょ」

「まさかこんなことするとはな…」

「何よ、勝手に行動すればいいって言ったのは武じゃない」

 初美の答えに武は「その通りなんだが…」としか言えなかった。

 総勢五十人での厳重監視体制。

 よもや学校に来る時から、校内まで四六時中監視されているなどとカルクは思っていないだろう。
 確かにカルクに喋らせるよりも、簡単だし
 カルクの後を尾行するのもプロの方がいいだろう
 だが、数時間でこの状況を作り上げた四神には驚くしかなかった。
 金持ちなんだから当然といえば当然のことなのかもしれないが。

「とにかく今日の夜に二人が戦うはずだからそれまではゆっくりしてられるね」

 四神はそう言って歩き出した。





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 昼下がり。
 戦闘まであと―――――――十時間。


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