身体をくの字に曲げる。
 そこに顔面への蹴りをくらう。
 倒れないように堪えたところに掌底をもらってカルクは仰向けに倒れた。

「愛する者の手を血で染めさせることが……君の、望んだことなのか…?」

「俺の意思は彼女の意思でもある。それだけだ」

「はっ……あはははは……」

 仰向けのままカルクは笑わずにはいられなかった。

 ここまで一人の女性を愛した男がその愛ゆえに狂った。
 それは己の研究の結果、人殺しと呼ばれた自分には到底理解できぬことだ。
 いや、理解できなくはない。
 自分とて愛する者が死ねば結界の魔法の研究など投げ捨てて、今だ誰も成しえぬ蘇生の魔法でも研究
するのだろう。
 だからそんなことは本当はどうでもいい。
 自分が笑う本当の理由。
 それは、愛により狂った男が今だ同じ女性を愛しているということ。
 自分の意思と彼女の意思が同じと迷わず断言できるほどに。
 玖劉 焔は気づいていない。
 狂ってしまった愛など、愛とは呼べないということに。
 愛せていない者を愛する者と言う、その矛盾。
 笑わずには――――――いられない。

「何がおかしい!!」

 操られた女性がカルクを掴み持ち上げる。
 普通の女性の筋力では考えられないことだが、傀儡師とは操る対象の身体能力を上げる技術を持つという。
加えて彼女は既に死んでいるのだから理性という脳のリミッターは無くなっている。
 持ち上げられた状態から地面に叩きつけられる。
 背中を強打し、咳き込む。
 その間にまた持ち上げられ、サンドバックのように殴られる。

 数回殴られて血を吐き出したカルクを見て焔は、糸を動かす。
 女性は再びカルクを地面に叩きつけ、腰につけられた鞘からナイフを取り出した。
 それをカルクの心臓めがけ振り下ろす。
 揺るぎない絶対優位の状況になって焔は少し冷静になった。

 後は彼女がナイフを突き刺せば終わり。
 "結界の魔法使い"もこの程度か、というのが一番の感想。
 何百種類もの結界を扱い、相手に関わらず戦い、無力化して殺す。
 その男も所詮結界を形成できねばそれまで――――――――…

 冷静さを徐々に取り戻しつつある頭が警告してきた。

 結界さえ形成させねば勝てるような相手ならばあの魔法使いはとっくの昔に死んでいるはずだ。
 だが事実は私より優れた人殺しを、あの魔法使いは殺している。
 第一に結界を要せねばならない男が、それに誘い込むのに不利な草原などを歩くだろうか?
 それは、つまり――――――

 あの魔法使いは何らかの結界を普段から有しているのではないのか?

 手が反射的に彼女を退避させるように糸を動かした。
 女性はそれに従ってカルクから退避しようとする。
 その瞬間、殴られ続け動かないでいたカルクが身体を起こして女性に左手をあてた。

「魔法式二番、発動」

 呟くとカルクの左腕が淡い青の光に包まれた。
 それと同時に女性の身体が骨すら残さず消滅する。
 一瞬後カルクは立ち上がった。
 視線の先にいるのは、悪い夢でも見ているような顔をした男。
 先程まで女性がいた場所をただ見つめている。

「勝負はついたね。傀儡師は操る者が敗れれば負けだ」

 それだけ話し背を向けて歩きだしたカルクに焔は叫ぶ。

「何故、殺さない!!」

 どうとでも解釈のとれるその叫びに顔だけ振り向き、カルクは答えた。

「つい最近なんだけど、ね。僕は人を殺すのはやめることにしたんだ」

「……………復讐されるとしてもか?」

「まぁ、それなりのことはしたんだし来るなら受けるよ」

「必ず殺す」

「なら、次は愛する者を傀儡になんてしないことだね。失う事の悲しみを思い出せたろう?」

 そして歩みを再開する。
 しばらくして魔法使いが姿を消した草原で傀儡師は一人、吼えた。





 それと出会ったのは、偶然か、それとも――――――奇跡だろうか。
 とにかくシーウェルン=カルク=タスナはその日、その場所で一人の傀儡師と出会った。

-------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ --------

「………夢か」

 とあるホテルの一室、玖劉 焔は眼を覚ました。
 今朝方あの魔法使いに再戦を宣言してから一眠りしようとベットにもぐりこんだのだが。

「四時間も寝ていないのか」

 すぐ側の時計で時刻を確認して呟く。
 どうせ寝なおすこともできないので、起きる事にした。
 もとよりあまり寝るつもりもなかった。

 次こそはあの魔法使いを殺す。
 ただそれだけのために今まで時間を費やした。
 だから確実に、殺す。

 復讐のためだけに動く傀儡師は口元を吊り上げ窓際に置いたトランクに手を添えた。

「さぁ、準備を――――始めよう」

 そして焔はトランクを開いた。


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