「……はぁ、とりあえずわざとなのか天然なのか聞かせてもらおうかな」
職員室の片隅。
椅子に座りながらペンで机を叩くカルクは眼の前に立っている二人の生徒に聞いた。
堂々と午後の授業から出席してきた二人の生徒。
名前は境 武と四神 初美。
今朝方分かれた二人はいかにも不満そうな眼でカルクを見た。
「わざとと言えばそうですけど?」
初美は拗ねたような声で答えた。
隣の武を見ると、寝ているのかそうでないのか判断できない顔でふらふらしている。
「……初美ちゃん。僕のやり方はそんなに腹立たしいのかい?」
「別に、そんなことありませんよ?」
明らかに嘘だと分かる口調ではっきりと告げる初美を見て、カルクは小さいため息をついた。
「そうかい。それならもう行っていいよ。あとで担任に遅刻届だしとくように」
「……わかりました。行きましょ、武」
「…………………んあ?」
半ば寝ぼけている武の襟首を掴みそのまま引きずっていく。
職員室を出て行くのを見送ってカルクは椅子の背もたれに身体を預けた。
「これは、どうしたもんかなぁ…」
日が傾きかけている午後三時過ぎ。
カルクは眉間にしわを寄せる。
つまり、四神 初美はこう言っているのだ
―――――――――後で覚えてなさいよ、と。
「意思は決して同じでないからこそ対立が生じる、か。昔の人もうまいこと言うよ」
大きく息を吸い込み、カルクは立ち上がった。
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それと出会ったのは、偶然か、それとも――――――奇跡だろうか。
とにかく玖劉 焔はその日、その場所で一人の魔法使いと出会った。
「初対面の人間に勝負を挑まれる理由が分からないんだけどね、傀儡師くん」
「簡単だ。お前は人を殺していて、私も人を殺している。同じ時、同じ場所に人殺しは二人もいらん」
ただ同じ風景だけが広がり続ける草原。
"結界の魔法使い"ことシーウェルン=カルク=タスナと、"傀儡師"こと玖劉 焔は向かい合って対峙する。
無言で佇む二人の間を一陣の風が吹き抜ける。
それと同時に玖劉 焔は黒い革の手袋をした右手を動かす。
その指先から伸びる糸と右手の動きは連動し、草むらの中のものを動かす。
勢いよく草むらから飛び出したそれは、一人の女性。
背中まである黒髪の女性はある一点を除けばどこにでもいるような普通の女性だった。
眼が死んでいる、ということ以外は。
肌も健康そうな女性のものであれば、顔もやや童顔ではあるもののいたって普通の部類だろう。
だが、眼だけは死んでいた。
黒い瞳は、もはや闇でしかなかった。
女性の突き出す手刀を避けて、カルクは冷静に判断した。
「君は―――――――死んだ人間を傀儡にしているのか!!」
「人を殺している人間がそんなことを気にしてどうする?」
拳、手刀、蹴り――――さまざまな攻撃を繰り出してくる女性から逃げつつカルクは叫ぶ。
「人を殺す人間が死者を使うなんてどうかしている!」
「………私が愛した女性だ! お前にとやかく言わせはせん!!」
焔の言葉にカルクは驚いた。
傀儡師が糸で操るのは生きている人間を使うのが基本である。
なのに自身が愛した者を傀儡として使う。
既に死んでいる、だ。
ありえない、そんなことは。
傀儡師などの本人が戦わず何かを使役してそれに戦わせる場合の人間が使役するそれは
何が起きてもいいようなもの―――――代えがきくものを使うのが普通だ。
だから愛しい存在を操りそれに人を殺させるなど、ありえない。
「君は……僕以上にいかれてるよ」
「お前になど分かるまい! 愛しい者が腐りゆくのを黙って見ているしかなかった男の決断など!!
たとえ物言わぬ伽藍の者に成り下がるとしてもあの頃と寸分違わぬ姿を留めさせたいと願った男の
気持ちなど!! ………たとえいかれていると罵られようとこれが私の決断だ!! 故にお前
にはこれ以上何も言わせん!! 殺す!!!」
それだけを叫んで、焔は糸を操る右手の動きを早くした。
それこそ、ミリ単位の正確さでもって。
途端、女性の動きが早くなる。
ついには避けきれず、カルクは腹に拳の一撃をくらった。
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