「何も今日でることはないのにな」
そう言って私の隣を歩く武は欠伸をした。
彼が眠いのは嫌というほど理解できる。
時刻は既に日付が変わって二時になろうとしている。
最近は早くに寝ることが習慣づいているために、眠気も倍以上に感じる。
夕食の後カルクのことについて話そうとしていた矢先に魔物の気配を感じ、こうして街を巡回している
のだが、まったく出会わない。
このままでは朝日が昇るまでに遭遇できるかも怪しい。
「早く出てきなさいよ〜」
「出て来いって言って出てくるなら苦労はしないさ…ふぁ…」
そして先程より大きな欠伸をする武。
今の彼を見ていると、彼は本当に生きることも死ぬこともどうでもいいと思っているのかと疑問に思う。
―――――ちがう。
彼は本当にそう思っている。
ただ私に協力するという約束があるから死のうと考えたりしないだけで、それさえなければ彼は今頃
死んでいてもおかしくない。
そんな彼に私は―――――――
そこで思考が止まる。
気配の強い方向に眼をやると、そこにはまるでライオンとトカゲの合成獣――――つまり魔物がいた。
ライオンの上半身とトカゲの下半身とでできているようなそれは、建物と建物の間の影にいた。
鋭い眼を一瞬だけさらに鋭くし、それは跳びかかって来る。
完全な、不意打ち。
魔物の鋭い牙が私の顔を捉えようとしているというのに、私はまだ動けないでいた。
間に合わない。
それだけを理解し、両腕で顔を覆う。
そして声を出すために、息を吸い込んだ。
ザシュという音と腕に感じる生暖かい何か、恐らく血液だろう。
まるで滝のように流れる血液は瞬く間に足元に池を作り、さらに広がろうとする。
だが、不思議なことに両腕はまったく痛みを訴えない。
様子を確認しようと顔を覆う両腕をどけると、眼に入ったのは刀だった。
それは魔物の口に突き刺さっている。
つまりこの血は魔物の口から流れ出ている、ということだ。
それだけを分析すると、背後から武の声。
「疲れてきたところを狙うなんて賢い魔物だな、ったく。おい、四神無事か?」
「う…ん。ありがと」
「ああ。…とにかく同調してくれ」
その一言に慌てて意識を集中させる。
既に私自身に内包された魔法式はそれだけで発動する。
身体が、肉体が精神というものへと変換されていく。
そのまま精神は彼へと吸い込まれる。
それらが終わるまでは刹那の時間。
武には何が起きたのか理解できてはいないだろう。
彼には私が突然消えたようにしか見えていないはずだ。
『いいよ、いつでもOK』
武に語りかけると、一言だけ返して刀をさらに深く突き刺した。
そして魔物に死が訪れる。
世界とそれを繋ぐ糸が断ち切られた魔物は抗う事などできず死んで、灰と化す。
それを確認した武が息を吐き出すのが感覚を通して伝わってくる。
「終わる時はあっさりと終わるもんだな……っあ〜、やっと寝れる…」
『お疲れ様、早く帰ろっか』
そう言って同調を解除しようとした時、数人の男が向こうからやって来た。
急いで解除するのをやめる。
武も急いで刀を近くの建物の影に隠した。
数人の男は見た感じ不良というものの集団だった。
赤、金、茶などの色とりどりの髪に、あちこちにしているピアス。
「あの女良かったな」とか「そうかぁ?イマイチだったけど?」なんて、聞くだけで気分の悪くなりそう
な話をしながら不良の集団はこちらの側を通り過ぎた。
その不良を見ないようにして武は遠ざかるのを待っていた。
武が確認できない分、私がそれを確認する。
下品な話をしながら歩く不良はそのまま遠ざかっていく。
止まらないと思っていた不良たちのうちの一人が突然足を止めた。
それに気がついた仲間が、「どうした?」と声をかける。
声をかけられた男は、ポケットから折りたたみのナイフを取り出し―――――――
『武! アレ!!』
叫ぶ。
武が私の声に反応して不良の方を見る。
一瞬見ただけで状況を悟った武は隠しておいた刀を掴んで駆け出した。
その先ではすでに
血飛沫が宙を朱く染めていた。
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