暗い廊下を走る自分の隣を、同じく走る武を見つめる。
 自分が殺せる制限外のものを殺したことからの反動に少し顔をしかめている。
 その顔を見てカルクは思案した。

 彼は結局何なのだろうか―――――――と。

 ただ事実だけ見れば、自分の家系のことを知らずに生きて、ひょんなことから死神と同調するという
契約を交わした人間である。
 そのひょんなことさえなければ今隣にいるのは四神 初美かもしれない。
 だが、彼は偶然の重なりの上でこの半分異常な世界に立っている。

 彼が幼い時に家族を亡くした事。
 ――――――それが無ければ彼は自分の家のことを知り、知った上での生活を送っただろう。

 魔物が彼を襲った事。
 ――――――それが無ければ彼はそのまま日常にいることができたし、死神とも出会わなかっただろう。

 死神こと四神 初美が彼と契約した事。また、彼も拒否しなかった事。
 ――――――そのために彼は引き返すチャンスを捨ててしまった。

 自分がかじった程度に覚えていた"契約の魔法"の類を親友に教えた事。
 ――――――もし教えていなければ、それを娘に伝え娘がそれを使う事も無かったはずだ。

 そして今回―――――――

 自分がこの地に留まったことと、玖劉 焔に情報提供者がいるであろう事。
 ――――――それが無ければ彼は今ここにいない。

 そういった様々な偶然が重なっている。
 つまりそれは彼に何らかの意味があるからではないのだろうか?
 もちろんこれは確証も無いただの思案。
 だがもし意味があるとすれば―――――――――彼は一体何なんだろうか?

「おい、カルク。これからどうするんだ?」

 武の声にカルクは思案を中断する。
 今はそれどころではない。

「そうだね。じゃ作戦を話そうか」

 後ろを振り返りつつカルクは答えた。

-------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ --------

 敵が前方を走っている廊下を焔は走っている。
 最速で、でも慎重に左腕を動かし、女性を先へと走らせる。
 先程の戦闘で分かったとおり校内には結界が用意されている。

 それが教室だけなのか、この廊下にすら用意されているのかまでは判断できないが――――

「どのみち、もうすぐそれも関係なくなる」

 自嘲するように呟き、足を進める、と。
 自分の前を走る女性の通り過ぎようとしていた教室の扉から何かが飛び出した。
 一瞬の判断だけで女性を引き寄せる。
 飛び出してきたものは月明かりを受けて光る刀で、その刀を手にする死神だった。

「お前か……邪魔だ、どけ」

「悪いけどそういうわけにもいかないんだ」

「ならば殺すだけだ」

 女性を走らせる。
 それに合わせるように眼の前の死神―――――武も刀を構える。
 構えた体勢からそのまま突きを繰り出す。
 それを見透かすかのように焔は左腕を動かした。
 途端に女性の身体が縦に分かれる。
 そのせいで武が突き出した刀は空を突いた。
 相手の驚く顔を見ながら焔はさらに左腕を動かす。
 分かれた女性の身体は糸へと戻り、半身は武の両手両足を、半身は武の周辺に張り巡らせられた。
 そして左腕を捻る。
 すると武の両手両足を縛る糸はそれを切断し、周囲に張り巡らせられた糸はその幅を狭め武の身体を切り刻んだ。
 血が廊下に広がる様子を眺めて、糸を収束させ女性の形にする。

「時間稼ぎのつもりだったのだろうが……残念だったな魔法使い」

 血の池の中に転がる武の死体を見下ろし焔は呟いた。
 無理矢理切断した両手足の断面は潰れて赤く染まっている。
 いや、もはや地面に触れている部分すべてが赤く染まっている。
 身体から離れた手足も、ズタズタに切り刻まれた身体も



 赤く、紅く、朱く、赤く、紅く、朱く、赤く、紅く、朱く、赤く、紅く、朱く、赤く、紅く、朱く、



 赤く、紅く、朱く、赤く、紅く、朱く、赤く、紅く、朱く、赤く、紅く、朱く、赤く、紅く、朱く――――――?



 一瞬赤で染まった意識を引き戻す。
 意識していないのに、意識していた。
 その矛盾を不思議に思い―――――気がついた。

 そしてその時には自分の身体は廊下の窓から外へと放り出されていた。

 否応無しに感じる落下感。
 今いた廊下を見る。

 そこには血に染まったはずの武が健康体で立っていた。

 殺したと思わされた、死神が


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