落下感といっても放り出されたのは一階であり、一瞬でしかなかった。
 糸を伸ばして、転がる身体を引き止める。

「……くっ」

 身体を起こし放り出された廊下を見るが、そこに武の姿は無かった。

「そろそろ、終わりだ。玖劉 焔」

 声に反応して糸を動かそうとするのと同時、焔の周囲に光の壁が現れた。
 それを見て、焔は動かそうとした糸を女性の形へと形成した。
 声のした背後に振り返らず話しかける。

「幻術結界か」

「そう。武君が教室から不意打ちを仕掛けて君の注意がそれた一瞬を狙って発動させた」

 返ってくる魔法使いの声はやはりいつもどおりの、のんびりした口調だった。
 そのことに焔は少し、安堵した。

「一体どれだけの結界をこの学校に施したんだ、魔法使いよ?」

「全教室と廊下に一つずつ仕掛けてある。だから本当はもっと早くに取り押さえられるはずだった……んだけどね」

「ということは……この結界は、即興か?」

「ああ。でも君には破れないけども」

「……別に構わんさ。さあ、殺すがいい」

 もとより死を覚悟したから大人しくしているんだ、と呟く。
 すると魔法使いは不愉快そうな声を上げた。

「それはどうでもいい……それより情報提供者だ。一体誰だ? 僕がここにいると教えたのは」

「……知らん。ある日電話でいきなりお前の居場所を告げられたんだ。男のようだったが名前など
は知らんよ………これで満足か? なら、殺せ」

「はぁ…前にも言ったろ? 僕は人を殺すのを止めたと」

「なら警察にでも突き出せ」

「そうしたところで警察は君の殺り方を信じないさ、きっと」

「………なら! 俺はどうすればいい!? 答えてみろ!!」

「そんなの僕が知るはず無いだろ。君の罪の償い方は君でしか決められないんだから」

 叫ぶ焔にカルクはあくまでものんびりと答える。
 その、のんびりとした答えを焔は頭の中で繰り返す。
 そのまま時間が過ぎる。
 そして焔は口を開いた。

「ならば―――――ならばもう一度お前の手で彼女を殺して、今度こそ楽にしてやってくれ」

 焔は振り返ってカルクを見た。
 目線の先にいたカルクは何も言わずやさしく笑う。







 それは昔の彼女と似てなどいなかったが―――







 昔の彼女の笑顔を思い出させた。







 だから、焔は呟いた。

「…ありがとう」

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「でも本当によかったのかあれで?」

 次の日の昼休み。
 屋上で昼食を食べている中、武が聞いた。
 昨夜は女性を結界で消滅させたかと思うと、焔を行かせてしまったカルクを不思議に思っているのだろう。

「いいんだよ」

 昼食をとる三人の中、聞かれたカルクはそう答えた。

「彼は気づいたからね。彼なりの方法でがんばるさ……僕みたいにね」

「ま…カルクがいいなら別にいいんだけどさ」

 そう言って武は自分の弁当の世界へと帰っていった。
 笑いをこぼしつつ、同じく隣で弁当の世界に入っている初美を見る。
 そのままもう一度武を見る。

 そして昨夜中断した思案を再び行う。

 彼は何か役割があるのだろうか、と思った。
 だが役割とは全ての人にあるものなのだから、彼に対しそんなことを考えるのも実はどうかしている。
 故にこれ以上の思案は結果無駄になると判断し止める事にした。

 そして代わりに昨夜の傀儡師はこれからどうするかを考えることにした。

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 何やら考え出したカルクを盗み見しながら武は弁当の中身を口の中に入れていった。
 その顔から何を考えているかは想像できない。
 だから気にしないことにした。



 それが―――――誰にとってもいいことなのだろうから。



 空を仰ぐ。
 秋の太陽の日差しは、四季の中で一番目立たないが、こうして仰いでみれば充分に暖かかった。
 その日差しを受ける事数十秒、武は再び弁当の世界へと入っていった。



 秋の目立たない暖かさを与える太陽は一番高い位置へと差し掛かっていた。


第三夜    終了

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