糸で形作られたその女性の腕がカルクの胸を貫こうとする。
「……玖劉 焔!!」
カルクの叫びに焔は何の反応も示さない。
「くっ…! 魔法式二番、発動!!」
左手が青く光り、結界を展開する。
次いで壁に女性の腕が触れた。
触れた部分から消滅してゆくはずの女性は、でも消滅しない。
「無駄だ、この糸は"不絶"とは違う。いくらお前の結界でも簡単には消滅させられないぞ」
確かに壁に触れている女性はほとんど消滅せずに、無理矢理結界を越えて腕を伸ばしてくる。
カルクは徐々に迫る女性の腕の向こうの焔を見た。
その顔は決断をしていて。
その顔はどこか悲しんでいた。
―――――――そう、感じた。
「魔法使い」
「……何だい?」
壁を突き破った女性の腕は既にカルクの胸に触れていた。
突き刺さるのも――――時間の問題。
最後の瞬間を感じるシーウェルン=カルク=タスナの前で玖劉 焔は搾り出すような声で呟いた。
「すまない……ありがとう」
それを聞き終えると同時、胸に小さい痛みが走る。
そして、そこからじわりと血が出てきた事を感じた。
「……死ね」
「確かにこれは……ね。君の勝ちかな」
「そうでもないぞ、カルク」
「…え?」
カルクは予想外の声の乱入に思わず声を出した。
そしてそれは自分の四肢を縛り上げる糸が断ち斬られ、いきなり自由になったせいでもある。
この学校周辺には結界を張ってあるから、不審な行動をしている者などは見つけられる。
今日この日まで自分の周囲を探ろうという様子の者はいなかった――――断定してもいい。
だとすれば彼女は結界有効範囲外から自分を探らせたことになる。
でなければ、今この場に―――――――
刀を持った死神が現れるはずがない。
「まったく、危なかったな結構」
そう語りかけると死神こと境 武は刀を構えなおした。
-------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ --------
「お前は、確か…」
「一度会ったことがあるな」
眼の前の男を見据えて武は刀の先を焔に向ける。
焔は、笑ったかと思うと左腕を動かし女性を側に引き寄せた。
「今さら言葉は必要ないだろう……いくぞ」
焔の言葉と共に女性が走り出す。
武は女性に合わせて刀を上から下へと振り下ろす。
振り下ろされたその刀はタイミングよく女性に触れて、左肩から斜めに右のわき腹までを斬り裂いた。
焔はその光景に驚きつつも、斬り裂かれた女性の身体を繋ぎ合わせることを忘れなかった。
左腕を動かし、糸を操る。
だが、斬り裂かれた―――――斬り殺された部分は反応しなかった。
「何…?」
今度こそ心の底から驚いて焔は眼の前の女性を通り抜けてくる武を見た。
敵を見つめて左手を動かす。
途端、女性の身体はそれを構成する糸となり武へと襲い掛かった。
「うお……っ!?」
後ろから糸に左手と左足を縛られ武の動きが止まる。
その隙を逃さず焔はさらに左手を動かした。
残っていた糸が、右手足を縛ろうと迫る。
だが、それは赤い壁に弾かれ武には届かなかった。
「これで貸し借り無しだよ、武君」
「別に貸しにしたつもりはないけど……あんがと」
カルクに礼を告げ、武は自分の左手足を縛る糸の束を斬り殺した。
「さぁ、形勢はこちらに有利だと思うよ?どうする、焔?」
「今さら答える必要もないだろう」
きっぱりとそう告げる焔にカルクは「それもそうだね」とだけ返す。
「武君、僕について来てくれるかな?」
「何かあるのか?」
不思議そうに聞く武にカルクは頷いて答えた。
結界を解除して、カルクは駆け出した。
武もカルクに続いて駆け出し、校舎へと二人は消えた。
それを見届け焔は呟く。
「そこで、決着ということか……魔法使い」
左腕を動かして、再び女性を作り上げる。
そして、焔と女性はゆっくりと校舎へ歩き出した。
二人が校舎へと入っていった入り口から中に入る。
校舎の中には相変わらず月の光だけが差し込み、それだけが明かりとなっていた。
そして不完全な闇の中、複数の足音が響いた。
方向は前方―――自分の今いる廊下を真っ直ぐ走っている。
迷わず焔も走り出した。
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