だが、願いはむなしく。
春が過ぎて、訪れた夏。
彼女は医者から宣告された寿命を八年余分に生きて、死んだ。
彼女の死期が近い事は、彼女を操る糸に力を余計に込めないといけなくなったあたりで気がついていた。
そして、彼女も俺の操り方がいつもと違う事を感じ取ったのか、それとも自らそれを感じていたのか、
寿命に気がついていた。
ともあれ彼女の死に顔は寝ているそれと何ら変わらず、綺麗だった。
目立ちこそしない普通の顔だが、だからこそ綺麗だと思えた。
横にされている彼女の遺体の手をとる。
傀儡の技で徐々に普通の人と同じくらいの身体つきになりつつあった彼女だが、触ったその手は酷く
小さく感じられた。
俺の後ろでは祖父と彼女の両親が話し合っている。
彼女の両親は元々こうなることも前提として、玖劉の傀儡を使ったために特別騒ぎ出すということは
無く、まだ冷静であった。
会話の内容は聞こえてはいるが、聞いていなかった。
ただただ、彼女のその安らかな死に顔を見つめ続ける。
彼女と初めて出会った部屋で今は動かない彼女の顔を――――――
「焔、もう…帰るぞ。いつまでもここにいては本家の方に迷惑だ」
話を終えたらしい祖父が俺の肩を叩く。
それでも俺は動かなかった、動けなかった。
「焔」
「わかっている」
わかっている。
何を?
何を、わかっている?
それは、簡単だ――――――――――彼女は…
「彼女は俺と共にいるんだ」
彼女に糸を繋げ、立ち上がらせる。
ほら、こんなにも
こんなにも彼女はいつもどおりじゃないか。
「焔! 死者を操ることは禁忌だぞ!! 傀儡の技は死者を弄ぶためのものではない!!」
「彼女を死者と呼ぶな! 彼女はまだ動く、動かしてみせる!! 彼女は俺の側に置く!!!」
こちらの叫びを聞くと、祖父は黒い革の手袋をしわだらけの手にはめる。
「狂ったか…焔! それ以上玖劉の傀儡の技で禁忌を犯すならばここで私が殺す!!」
「してみるがいい。彼女と俺を引き裂けるものなら――――してみるがいい!!」
「焔…!!」
祖父が糸を伸ばす。
が、それは彼女が祖父の首をへし折る速度に比べれば断然に遅かった。
それより前に彼女の両親を殺す速度に比べたら――――――もっと遅い。
首をあらぬ方向に曲げて倒れる三つの死体を眺め、彼女に微笑む。
「さあ、どこか遠くに行こうか」
彼女は決して答えない。
笑いもしなかった。
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…この時から俺は彼女と一緒にいたい一心で彼女を操った。
きっとそこに彼女の想いは―――――無かったのだろう。
既に狂っていた俺にはそのことに気がつかなかった。
だがようやく気がついた。
俺が眼の前の魔法使いにせねばならないのは復讐ではなく感謝。
奴の言うとおり彼女を開放してくれたことへの、感謝。
だが、それはできない。
君は馬鹿だと笑うかもしれない。
君は愚かだと蔑むかもしれない。
ああ、でも気がついたから。
君と同じ場所へは逝けないが、君とは違う場所で今度こそ真に、君を愛し続けよう。
だから、だから――――
あともう少しだけ、この俺に
復讐のためだけに動き続けて引き返せなくなったこのどうしようもない俺に
あともう少しだけ――――――付き合ってくれ。
我が愛しき者よ
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