『中にいるのがお前の担当する娘だ』
春。
でかい鯉が何匹も泳ぐ広い池に、遠くから見れば雪が積もっているのかと見間違えるくらい白い石
が敷き詰められて作られたその庭が見える和室。
その部屋の中心で一人の女性が寝ていた。
祖父に続いてその女性に近づくと、その女性は眼を覚ましこちらを見上げた。
「その人が…?」
その女性の問いに祖父は無言で頷き、俺に側に来いと眼で告げる。
それに従い女性の側に腰を下ろす。
健康とはほど遠い白い顔。
そして布団から出ている細い手首。
病弱と表現してもいいその女性は、側に腰を下ろす俺に話しかけてきた。
「初めてのお仕事だって聞いてます。こんなつまらなさそうなのでごめんなさいね……えと…」
「焔、玖劉 焔です」
「あ、はい。じゃあしばらくよろしくお願いしますね、焔さん」
病弱でありながら力強い意思を放つその眼を見つめながら俺は頷いた。
そして恐らくこの時から既に
俺は彼女に惚れていたのだろう。
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彼女は元々病弱で医者からは十まで生きれば奇跡だと言われたらしい。
だが彼女はようやく生まれた一人娘だった。
子供ができにくい親は彼女を産んだ時に、もう子供が作れない身体となっていた。
故に両親は彼女を生かそうと必死になった。
そして分家である玖劉に眼をつけた、正確には玖劉の傀儡の技に。
操る者の身体能力を向上させることができる傀儡を彼女へと使用し、彼女を健康に過ごさせようと考えた。
玖劉の者も別段反対する理由も無く、本家の頼みを聞き入れた。
そして何人もの傀儡師が彼女の元へ訪れた。
だが結果は良くなかった。
一番の問題は彼女の身体が弱りすぎていることだった。
傀儡で彼女を操る分には問題はないが、元々戦闘目的で使用されるものを日常生活を過ごさせるために
使うというのだから勝手が違う。
そしてそこまで繊細な傀儡の腕を、誰も有してはいなかった。
そこで祖父は彼女と同じ歳である俺を彼女専属の傀儡師とさせるべく教育した。
教育は問題なく進み、結果今こうして彼女の元に俺はいた。
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「えと、その、私なんか…で」
「何度言えばいいんだ? 構わないよ」
彼女を普通に歩けるように操り、そこから日常生活だけならば送れるようになったある日。
俺の隣で歩く彼女は頬を赤く染めて頷いた。
「専属の傀儡師だとかは関係ない。俺は君に出会った時から君を好きだった」
何度目になるかわからない告白に彼女はさらに頬を赤くした。
「それとも俺と付き合うのは不服か?」
分かってそう質問すると彼女はぶんぶんと首を横に振った。
そしてその眼で軽く睨みつけてくる。
「わかってて聞いたでしょう?」
「まさか。本気で内心はドキドキしてるんだぞ」
「え…あう、ごめ…ひゃ!」
慌てている彼女を無言で抱きつかせる。
「ちょ…えええ、あう…」
「さて、ちゃんとした返事を聞かせてくれ」
「そ、それは……」
「それは?」
「す、好き、だよ」
「そうか」
彼女の身体を離し、その口にキスをする。
触れていた唇を離すといつの間にか止まっていた散歩の足を動かす。
「ちょっと、今…ええ…!」
何が起きたのか理解した彼女はこれまでにないくらいに顔を赤くして混乱しているが
そんなこと関係ないように歩かせる。
「うう、ほ、焔〜……慌てるくらいさせてぇ…」
「駄目だ」
しごくきっぱりと彼女に言い放ち、続きを聞かせた。
「これから先もっと慌てることになるからな、少しは慣れてくれないと」
そして彼女を少し早足で歩かせる。
それは俺が平和だと感じた一日。
ただこの日々が続けばいいと願ってやまなかった玖劉 焔の一日。
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