「これ…は」

 中庭に張り巡らせられた無数の糸を見てカルクは呟く。

 まるで――――――糸の結界。

「傀儡秘伝"糸傀儡"」

 無数の糸の向こうから焔の声が聞こえた。

「糸傀儡?」

「そうだ。糸であらゆるものを形作り、糸そのものを傀儡と考える技だ」

「つまり彼女を操っていた君は糸で作られたもので、今いる君が本物ってことかい? だけどそれは
おかしいじゃないか。人一人を形成する程の量の糸を右手だけで扱うなんてさ」

 ちょうどその時、糸の向こうの焔の姿をカルクは肉眼で確認できた。
 そして確認したことに間違いが無ければ、焔の左腕、肘から下は普通ではなかった。
 まるで鉄でできた骨格というべきものがそこにはあった。
 そしてその骨格からは、今自分を覆い囲んでいるこの無数の糸が伸びている。

「これで俺が本物だと理解できたか? できたのなら―――――――死ね」

 焔が左腕を動かす。
 それに従って張り巡らされた無数の糸はカルクに襲い掛かった。
 全方位から迫る糸に四肢を縛られ宙吊りにされる。

「ぐっ……が…ぁ」

「いい眺めだぞ魔法使い。ようやく復讐も終わりに近づいた」

「君は……今だ狂ったままか。愛する者の屍を傀儡にしたその時から、ずっと」

「そんなに早く死にたいのか? ……なら望みどおりにしてやる」

 呟いて焔は再び左腕を動かす。
 すると、眼の前に幾たびも死んだ女性が糸で形作られていく。

「この復讐は彼女の手でお前を殺さねば意味がないからな」

「復讐、復讐と君は言うけど…それは一体誰にとっての復讐だ? 玖劉 焔」

 眼の前の女性を見つめカルクは問う。
 焔はそれに至極当然といった感じで答えた。

「もちろん俺と、彼女にとってだ」

「でも、彼女は―――――――本当に復讐なんて望んでいるのかな?」

「俺が望んでいるのだから、当然だ。彼女の意思は俺の意思であり、俺の意思は彼女の意思でもある。
それこそが傀儡と傀儡師なのだから」

「僕が人を殺すのをやめようと思った理由はね、親友の眼なんだ」

「何?」

 いきなり関係ないことを喋るカルクに焔は疑問を持つ。
 が、それだけだった。
 復讐の相手は既に手の内だということと、なにより―――――"結界の魔法使い"が人殺しをしなくなった
理由に興味が無いと言えば嘘になるからだ。
 その間にもカルクは喋り続ける。

「ふとしたことで出会った親友は、死にもの凄く近い存在で、だから望んでいないのに死を生み出す僕を
酷く哀れんだ眼でじっと見つめてきたんだ。その眼を見て僕は、ああ、殺すのはやめようって思った。
親友とは親友でいたかったし、それに僕は研究の結果に誰かの死なんて望んではいなかったから。
そして今までの過去に眼を背けないでいようと誓った」

「だが、お前は彼女を殺した」

 焔が険しい眼で睨みつけると、カルクはただにこりと笑った。

「ああ、だからそのことにも眼は背けないでこうして戦ってる。だけど一つだけ言っておくよ。僕は
決して彼女を消滅させたことを後悔しない」

「………何だと?」

「後悔しない。できるはずない。彼女が望んだのは――――――ただ解放されることだけだ!!
死んでも屍を傀儡とされて束縛され続けていた、いや、今も束縛されている彼女が望むのはただそれだけだ!!」

 叫び返そうとした言葉が出てこない。
 焔は自分に流れる時間が止まったかなような気がした。

「何を……言っているんだ?」

 彼女は俺を愛し、俺も彼女を愛した。
 だからこそ俺は死んだ彼女を傀儡として側に置いた。
 俺を愛していた彼女ももちろんそのはずだ、そのはずである。
 だから、そんなこと考えもしなかった。
 できなかった。

「君は屍を傀儡とした時から狂い、彼女を傀儡としていたのではなく縛り付けただけだろう!!」

「…黙れ」

 彼女はいつでも俺のことを考えていた。
 俺ももちろん考えていた……はずだ。





 だけど……それは彼女の望む事とはたして同じだったろうか?





「………黙れ」

 そういえばいつからだろうか。
 彼女の眼が輝かないでいるのは。







 ほんの少し―――――苦しそうにみえたのは。







「黙れぇっ!!!!!」

 左腕を動かし、女性を動かす焔。
 狙いは心臓。

「お前を殺して復讐は終わる!! それだけだ!!!」

 自分が狂った事を劇中に知った傀儡師はでも、



 もう止まらなかった。



 止められなかった。


NEXT
TOPへ