駆け出して場所は校舎の二階。
 この学校は基本的に生徒たちの教室が並ぶ棟と、図書室や化学室など普通の授業では使わない教室が
並ぶ棟の二つに分けられる。
 現在カルクが走っているのは生徒の使う教室が並ぶ棟。
 四階までありカルクが走る三階は二年生の階だ。

 ちなみに四階は三年、二階は一年、一階は生徒会が使う教室が並んでいる。

「あの人形、対魔法付加―――それも、結界系統に対してのものが、かなり強く施してあるな。
二番でもどこまで消滅させられるか……」

 走りながら毒つく。
 先程女性に殴られた部分は熱く痛みを訴える。
 人間ではない、しかもこちらを殺すことを目的としている者の一撃を無視することなどできるはずがない。
 本来ならば目的地に辿り着いているはずなのに身体が動かない。

「逃がさないぞ―――――魔法使い!!」

 追いかける声はやや後ろ。
 しかし攻撃は―――――――――本当の背後から。

 カルクは走る足に力を込め、できる限り前に跳んだ。
 転がりながら見た背後では、女性が廊下に拳を突き立てていた。
 そのまま転がり元に戻った視点でカルクは自分の位置を確認する。

 場所は教室の扉のすぐ隣。
 だが目的地はここではない。

 それだけ確認してカルクは隣の扉を開いて中へと滑り込んだ。
 そのまま教室の窓を背にして息を整える。
 そして自分が入ってきた扉から女性が入ってくるのを待つ。
 数秒後、予想通り女性は扉から中へと入り、カルクに迫ってきた。
 一歩、二歩と歩いてくる女性を見てカルクは床に手を添える。

「重力結界、発動」

 瞬間、教室の四隅に光―――淡い光を放つ文字のようなものが現れる。
 それらは互いを線で結び、四角の箱を作り上げるとその内部に効果を発動した。

「ぐ……っ!」

 突如身体にかかった重力に声が出る。
 結界とはあくまでも壁か、中のものへ何かの影響を与えるものであるため効果対象は選べない。
 もちろん効果対象を選ぶ結界もカルクは作れるが、いま発動させた結界はその類ではない。
 よってカルクは自らの結界が発生させる重力の影響を受けていた。

「魔法式……一………番、はつど…う」

 重力の圧力の中、途切れ途切れに言葉を紡ぎ出す。
 右腕が淡く光り、赤い壁を展開する。
 それを自分の周囲ギリギリまでに狭め、重力の影響を防いだカルクは立ち上がる。

「ふぅ……さすがにこの重力でなら動きは鈍るだろう」

 その言葉に反応するかのように女性は動き出す。
 だが動きは早くはない。
 が、決して遅くも―――――――ない。
 例えるなら全力疾走から遅く歩くという程度の変化。
 あくまで普通の速さで迫る女性を見てカルクはもう一度床に手を添える。

「重力結界、魔法式一番、共に解除」

 呟きと共に重力の圧力とカルクを包む赤い壁が消失した。
 そして眼の前には地面を蹴った瞬間に重力の圧力が消えたことで力が入りすぎ、結果しゃがみ込んでいる
カルクを跳び越そうとする女性の姿がある。
 カルクは一歩踏み出して立ち上がり、眼の前を落下する女性をその背後の窓から突き落とした。
 派手な音と共に割れたガラスの破片と共に落ちてゆく女性の人形。
 だが、そのまま放っておいても落ちる事は無いだろう。
 女性に繋がっている糸を操る焔がそれを引き上げるだろうから。
 それが分かっているからこそ

 カルクは割れた窓ガラスを乗り越え外へと跳んだ。



 落ちる身体を必死に制御して、目標を見据える。
 目標である女性は焔が引き上げようとしているのか落ちる速度がゆっくりとしていた。
 だんだんと眼前に迫る女性。
 それと接触する瞬間―――――――カルクはその左手を女性に向けた。

「魔法式二番、発動!!」

 叫びと同時左腕が淡く光り、周囲に青い壁が展開される。

 "すべてを消滅させる"結界

 それに触れた糸"不絶"は音も無く消える。
 次いで壁に女性が触れる。
 その人形の身体は消滅してゆくが、格段に消滅が遅い。
 全身に施されているだろう格段に強い対魔法付加のせいだろう。

「だからこそ、こんな殺り方になるんだ、けどね」

 二階から地面までは時間などほとんどかからない。
 糸に引き上げられなくなった身体は先に地面に落ちた。
 そして結界の反動と、女性をクッションにしてカルクも地面に落ちる。
 全体重を乗せて押し付けられた青い壁は、対魔法付加の施された人形の身体を一気に消滅させる。

「魔法式二番、解除」

 青い壁が消失し、カルクは改めて人形の果てを見下ろす。
 頭の一部と髪の毛、それにいくつかの手の指に片方だけの足の欠片。
 それだけを残して女性の人形は沈黙した。

 これで――――女性は実に三度目の死を遂げたことになった。

「さ、どうするんだい?」

 落下の衝撃をなるべく残さないためにゆっくりとカルクは聞いた。
 二つの棟に挟まれる形で存在する中庭。
 いつの間にかカルクの後方にやって来ていた焔は、何も言わない。
 そしてカルクは言われなくても焔の言いそうなことは分かっていた。

 ――――――彼女が復讐できないなら、直接俺が復讐を下すまで。

 本当にそう呟きそうな焔は次の瞬間







 全身が糸となって中庭全域にそれを張り巡らせた。


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