月の明かりが差し込む校舎を走る眼の前のカルクを焔は追った。
 だが、カルクは不意に走る足を止めて焔へと振り向いた。

「さて、戦う前に一つだけ聞きたいことがあるんだ」

「…何だ?」

「僕がここに来たのは、君のご自慢の糸"不絶"を斬った彼――――正確には彼女なんだけど、に会うためなんだ」

「それがどうした」

「だけど僕は君が熱心に追いかけてきているのを知っていた。故にここに来るのには徹底的に
情報を誤魔化して君でも半年は気づかないと自慢していいくらいの準備をした」

 そこで、いつもは線みたいで笑っている風に見えるカルクの眼が見開かれた。
 普段の口調では想像できないような眼で焔を睨みつける。

「だからこそ君がこんなに早く追いつけるはずがない。情報提供者がいるな? 誰だ?」

 以前の戦いでは見ることの無かったその気迫に少々押されながら焔は口を開く。

「そんなもの関係あるまい……俺はお前さえ殺せればそれで、いい!!」

 叫ぶと同時、右手を素早く複雑に動かす。
 それに反応するかのようにカルクの側にある窓を突き破り一人の女性が飛び込んでくる。
 女性が飛び込みざまに放った蹴りを避けてカルクは距離をとる。

「まったく…君は女性以外の傀儡を使う気は――――――!?」

 その傀儡を見てカルクは言葉を失った。
 眼の前にいるその傀儡は女性。

 その黒髪は背中にまで達し、でもどこにでもいそうな、そんな女性。

 自分が間違いなく消滅させたはずの―――

「………どういう、ことだ?」

 いるはずのない女性を眼の前にしたカルクが呟けるのはそれだけだった。
 女性の拳が振り下ろされる。
 必死に考えをまとめる頭に無理矢理命令をだして、それを避ける。
 その様子を見ていた焔が声高々と笑い出した。

「はははははっ!! いい出来だろう? これこそ復讐にはピッタリだ!!!」

「いい出来だと……まさか、これは―――――」

 眼の前の女性を見る。
 どこからどう見ても以前自分が消滅させたものと変わらない。

 変わらなさすぎた。

 考えをまとめる頭が急速に一つの答えを導き出す。

「人形……か」

「ああ。どうだ彼女と寸分違わぬだろう?」

 確かに、眼の前の女性はあの時とまったく同じだ。
 完璧と言ってもいいだろう。
 だからこそカルクは分からなくなった。

「何故…彼女を傀儡にできる?」

 二度愛しいと呼ぶ者を失いながら人形を作ってまで彼女を傀儡にする。
 その精神が―――――理解できない。

「簡単だ」

 焔は迷わず語った。

「彼女がお前を殺してこそお前への復讐は果たされる」

 女性が床を蹴る。
 元々ぞれほど無かった距離は一瞬でその差を無くす。
 女性が突き出していた拳はそのままカルクに直撃した。
 だが、カルクはまるでそれを無かったかのように無視し、焔へと尋ねた。

「退く気は無いんだね?」

「もちろん」

「ならしかたない」

「?」

「君には三度目の、愛する者を失う悲しみを味わってもらうことにしよう。情報提供者はその後にでも問いだすよ」

「魔法使い――――」

「魔法式一番、発動」

 カルクは焔から眼を逸らし、右腕を女性へとかざす。
 その右腕は淡い赤の光を放っている。
 それに呼応するかのように展開される一つの結界。

 "すべてを防ぐ"結界。

 カルクを中心として展開された赤い壁に触れた女性はそのまま弾き飛ばされ焔の足元に転がる。

「さ、始めようか」

 いつもの顔で笑いながらカルクは再び駆け出した。


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