立ち上がり、刀を構える。
 だんだんと闇に眼が慣れてきた。
 距離をとった皇は、にやりと笑うと拳を固め再び迫ってくる。
 拳に関しては確実に避けないと被害者のようになってしまうのは分かっているので防ごうとは思わない。

 右の拳を避けて懐に入り込み

 左の拳は柄で手首を打って拳の軌道をずらした。

 そのまま皇の心臓めざして刀を突き刺そうとして――――――頭に痛みが走った。
 それは別にたいしたものではなく一瞬だけだったが、俺の動きが止まって皇が距離をとるには充分なものだ。
 うっすらとその姿が確認できる程度の位置まで離れた皇を見て内心安堵する。
 だいたい、最初から皇を殺すつもりなどはない。
 今の皇 三帝を殺してしまったら俺の知っている皇 三帝がどうなるか分からないのだから、殺せるはずがない。
 だがここで退くわけにもいかないから、皇の方が退くまでの持久戦にしようとしている。

 疲れてきた腕に心の中で喝をいれ、構えなおす。
 そのまま駆け出して刀を振るう。

 自分からしかけたのはこちらが持久戦をしようとしているのをなるべく悟らせないようにするためだ。

 振り下ろしの一撃を皇は横に跳んでかわした。
 それは無視してそのまま皇とは反対の方向に刀を一閃させる。
 そしてすぐに前方に跳んだ。
 回転して受身をとり、背後に振り向くと拳を突き出した皇がそこにいた。
 俺を殴るはずだった拳は空を切り、そこへ斬り殺しておいた標識が倒れてくる。
 それを殴りつけ粉々に破壊して隙ができた皇へと駆け出し、腹に蹴りを入れようとした刹那――――

 ―――――――違和感が俺を襲った。

 足が自然と止まり、眼の前の相手を見据える。

 それは今まで戦っていた皇 三帝ではない皇 三帝を見た時に感じたものと同じ。

 まるで今まで戦ってきた皇 三帝がいなくなったような感覚。

 でも眼の前にいる皇 三帝は後輩でも殺人鬼のそれでもない気配を漂わせている。

 脳裏に四神 初美の父親のノートの記録が思い浮かぶ。

 皇は多重人格者を思わせるという、『多重人格』という部分。

 だが、それ以上の思考をするより先に眼の前の新たな皇 三帝が口を開いてしまった。

「そこを、退け」

 途端、身体が勝手に後ろへと下がる。
 ある程度まで下がってようやく身体に自由が戻り、皇を見た。
 冷酷という言葉がピッタリなその表情で、こちらを見ていた皇はただにやりと笑う。
 それは破壊する殺人鬼の時とは違う、凍るような笑いだった。
 そして再び口を開く皇。

「動くな」

 先程と同じように途端、身体が動かなくなる、眼球すら動かせない。
 麻痺というのとは違う、例えるなら石化。
 動かせないというより、自分は動いているものだったかも疑わしくなるくらいに身体中の感覚が無い。
 眼の前の皇はその様子に満足してさらに口を開く。

「どうやらお前は何かと同調しているらしいな、離れろ」

「きゃっ…!」

 自分の身体の外から聞こえた四神 初美の声と、ドサッという音。
 眼球も動かせないから見ることはできないが、感覚で四神 初美との同調を解除されたのだろうと理解した。

「おっと、お前も動くなよ」

 皇が笑いながら喋る。
 恐らくこれで四神 初美も動けなくなってしまったはずだ。
 そしてこれこそが、眼の前の皇の能力だろう。

 動けない俺と四神 初美を前に皇はその凍るような笑みを絶やさず告げた。

「悪いが死んでもらおうか」


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