前方を走る死神を追いかける。
 とは言っても追いつく必要などはない。
 相手に自分の声さえ届けばそれでいい。
 "破壊"の皇との戦闘場所から離れていき二人はだんだんと裏路地の方へと向かっていった。
 そこを右往左往とし、声が確実に届くというところまで迫ったと思った時、皇は武を見失った。

 だが、甘い。

 胸中でそう呟き皇は息を吸い込んだ。
 恐らくは建物の影にでも潜んで奇襲をかけようというつもりだろうが、そんなことは自分が大声で叫べば問題ない。
 今も逃げ続けていれば距離に問題がでてくるかもしれないが、聞こえない範囲まで逃げることはさすがにできまい。
 息を吸い込んだ体勢で一瞬静止、それを吐き出す。

「―――――――――――――!!」

 「姿を現せっ!!」 と言ったつもりだった。
 いや、たしかにそう発音したし、そこに間違いはない。
 しかし実際は声は決して世界に響かず、無言の夜の街がそこにあるだけだった。

「――――――――――?」

 「どういうことだ?」と言った。
 だがそれも声にならない。
 自身を絶対のものにしているものが使えないという事実に気がついて焦り始めた瞬間
眼の前に鈍い銀の光が見えた。

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 死神とはこの世のあらゆるものを殺す。
 生物や植物、さらには非生物であるものまで、存在すると認識されるものなら何でも殺せる。



 そう、言葉でさえも



 ある一定範囲内の"言葉"という存在を殺して逃げた。
 だが、世界にとって言葉は殺されてはいいものでは、あまりない。
 故に死神の能力で殺したとしても世界がその部分を修復していくので、この状況はせいぜい数分
しか続かないのだそうだ。

 皇が声が出せないということに気がついた瞬間に潜んでいた物陰から跳びだし、下から上へと刀を振るう。
 本当にギリギリという感じでそれを避けた皇は少しずつ後ろに下がって憎そうな顔で俺を睨んだ。

「貴様…っ!!」

 搾り出すような自分の出した台詞に自分自身で驚いていた。
 向こうとしてはいつ声が出るかなど知りようもないので当然だといえばそうだ。
 が、そんなことには構わず皇に斬りかかる。

「動く…なぁっ!!」

 皇が叫ぶが、駆け出した身体は止まらない。
 敵は既にこちらを追いかけようが追いかけまいが完全に封殺されていた。

 結界は街全域を囲むように張られているのだから。

 つまり追いかけてきたら、今のように声が出せない隙に殺して、失敗しても結界を作動させれば問題はなく
なるし、追いかけてこないならすぐにでも結界を作動させて殺しにかかる、ということだ。

 皇が俺と、俺の振り下ろす刀をゆっくりと眺める。
 空を斬るそれと変わらない速度で振り下ろされた刀は、皇の身体を抵抗もなく斬り、振りぬかれた。
 右肩からズッパリと斬られた自分の身体を見て皇は笑ったかと思うと

 断末魔を残して消え去った。

 後に残ったのは、人畜無害な後輩の皇 三帝の本体。
 地面に倒れ、眠っている。
 近づいて呼吸をしているのを確認すると、一気に安心した。

「これで終わり…だな」

『そうね。私の家に連絡して彼を家まで送ってもらいましょ』

「ああ」

 返事はするものの気の抜けた身体はなかなか動こうとはしない。
 そういう意味も含め、人気のない路地裏でしばらく座り込んだ。

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 一つの戦いが終わろうとしている路地裏。
 そこを見渡せる建物の屋上から断末魔を残し消えゆく"皇帝"の分身を見てカルクは嘆息する。

「やれやれ、死ぬときくらい潔くしたらどうだい?」

 呟いて背後を見やると、青白い半透明な人影。
 認識するのは難しいが、それは今殺された"皇帝"の皇だった。
 呻き声のようなものをあげ苦しむそれは、まるで成仏したくてもできない幽霊のよう。

「執念って奴かい? 分身にそこまでできるはずはないんだけど…でもまぁ、それなら最後に一つ
話を聞かせてあげるよ」

 魔法使いはいつもと変わらぬ笑みでそう話しかけた。


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