刀を両手で構えて、どうしたものかと武は思った。
 何せ肝心の四神 初美がいない。
 契約とやらは済んでいるのだろうが、どうすればいいのかを知らないのだからどうしようもない。
 そもそも武は死神とやらの能力を知らないのだ。
 悩んでみた末――――――もう一度斬りつけて変化があるか見てみることにした。

 走り出す。

『ちょっと!?』

「うわっ!」

 唐突に頭に響いたその声に進んでいた足が止まる。
 その声は間違いなく四神 初美のものだった。
 だが周囲を見回しても彼女の姿はない。

『何ボサッとしてんの! 前!!』

 またもや響くその声につられて前を見るとバケモノが数え切れないほどの触手を伸ばしていた。
 紙一重で横に跳んでそれを避ける。
 そのまま後ろに数回跳んで距離を稼ぐ。

「お前っ…いったいどこにいるんだ!?」

 堪らずに叫ぶ。
 声はやはり頭の中に響くようにして聞こえてくる。

『うーん、あなたの中、って言えばいいのかしら?』

「中…って俺の身体の、中?」

『そう、まぁ要は私の精神が入り込んだって思えばいいわよ』

 それなら分かる、と武は納得する。
 本当は心底驚きたいのだがよくよく考えれば眼の前のバケモノを見た時にたいして驚かなかった
自分がこれくらいで驚くのも馬鹿らしいのでやめておいた。

「で、これが契約とやらなら俺は死神の能力とやらを使えるんだろう? どうすればいいんだよ」

『攻撃する対象を殺すって思いながら攻撃して』

「わかった」

 そう返事して武は走り出した。
 避けた触手の群れが方向を変えてこちらへ向かってくるが、遅い。
 それが届くより先に武の振り下ろした刀が魔物を捉える。

 殺す

 俺はこいつを――――――殺す!

 強くそう念じてバケモノを斬る。
 すぐにその場から離れ、横から迫る触手を回避した。
 その触手が邪魔でよく見えないがどうにも俺のつけた傷はまた塞がってしまったように見える。

「おい…どうなってんだ?」

 俺の訴えかけるような質問に四神 初美はさらっと答えた。

『イメージが悪いのよ、イメージ。もっと明確に死をイメージして』

 イメージ。
 つまり相手が死ぬ様子をきっかり想像しろということか。
 考える間もなくまた触手が迫ってくる。

「こりゃ、難しそうだな」

 刀を強く握りなおし、俺は再び走り出した。

-------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ --------

 境 武の中にいる四神 初美は後悔していた。
 彼ならと思って契約したのは間違いだったかもしれないと。

 死神の能力を使う場合のイメージとは明確でなければならない。
 だがそれをイメージするには死を識っていなければならない。
 いや、死を識っているからこそそれがイメージでき、死神の能力を使えるのだ。
 しかも自分が識っている死はただの死ではない、世界の抹殺行為、世界の死なのだ。
 世界は自分を保つために生み出し、殺す。
 その殺すという部分を自分は識っている。
 だが境 武はそれを識らない。

 彼は確かに死に関しては他人より一歩進んだ位置にいる。
 でもそれはただ他人よりも死を知っているだけだ、識っているわけではない。
 だからこそ彼にはイメージができるわけない。
 それでも自分は彼ならと思った。
 何故かは自分にもわからないが、そう思えたのだ。

 それが自分の言って欲しかったことを言ってくれた故の勘違いか―――――

 それとも別の何かを感じ取ったからなのか――――――

 分からないがそう思えたのだ。
 だけどそれも怪しくなってきた。
 やはり彼には能力を扱うのは無理かもしれない。

 彼の視界で状況を見る。
 迫ってきた触手をがむしゃらに斬りおとし魔物本体へと直進している。
 だがやはり能力は使えていない、斬りおとされた触手は地面におちてなお動いている。

 ――――――動いている。

 それに何かを感じ後ろを見る。
 自分は精神体のようなものなのだから彼の視点に限られる必要はない。
 そして見た。
 斬りおとされた触手がどんどん集まって小さいながら一固体となろうとしているのを。
 自分が捕らわれた時と同じようなものだ。
 それは形になると同時にこちらめがけて迫ってくる。

『後ろ!!』

 叫ぶが、眼の前の本体に攻撃をしようとしていた状況ではむしろ逆効果だった。
 動きが止まり完全に無防備になる。
 彼が反応する頃にはもう間に合わない。

 だが、そこで四神 初美は驚くべき光景を見た。
 彼が刀を持っていた片手を手刀のように突き出し背後の魔物を貫く。
 それと同時に背後の魔物は水のように地面に溶け込み、死んだ。
 そのまま本体から離れて刀を構え、話しかけてくる。

「今のでいいみたいだな」

『え…ええ』

 そんな返事しかできない。
 だって彼は今の今まで死をイメージできなかったのに――――!
 と、そこまで考えて私は自分の考えていたことが甘いことを悟った。

 彼は死のイメージができなかったのではない。

 彼は死を知っているだけだけどもそれでいてしっかりと死に対するイメージを抱いている。

 ただ戦いの最中そのイメージに辿りつくのに時間がかかっただけだ。

 だけどもうどうでもいい。
 能力が使えるのなら今はそれでいい。
 とにかくこれで―――――――
 やっと戦うための準備が整ったのだから。

 本番は、これからである。


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