「このっ!」

 武が死神の能力を使えるようになってからしばらく経つが戦いはまったく終わりの気配を見せてはくれなかった。
 武は刀を横に一薙ぎし魔物を斬り殺そうとする。
 そのタイミングはばっちりであるし、殺すというイメージも明確である。
 だというのに斬られた魔物は上下二つに分裂しただけで死んではいなかった。
 正確には魔物が斬られるのに合わせて自ら分裂しているのだ。
 そしてスライムらしい身体のごとくポヨンと跳ねながらくっつく。
 先程からこれの繰り返しであった。

 肩で息をしながら武は刀を握る力を強くする。
 刀というのは意外と重い。
 さっきからずっと刀を振るっている両腕はかなり疲れてきていた。
 それを悟られまいと休むことなく攻撃をしかけにかかる。
 だが結局は何も変わらない状況が続くだけである。

 正直なところだんだんと腹がたってきた。
 が、一応考えて戦っている上でのことなので怒るわけにもいかない。

 ――――――刀がこんなに重いというのはいささか予想外ではあったが。

 何度目かの疾走をする。

 バケモノとの距離はわずか、辿りつくまで五秒もかかるまい。

 そしてバケモノへの攻撃が届く距離スレスレで刀を振り上げる。

 バケモノの手前へ踏み込む最後の一歩と同時それを振り下ろす――――――フリをした。

 だがバケモノはさっきまでずっと同じことをしていた所為で途中で刀を振り下ろす手を
止めた俺の眼の前で左右に分裂した。
 その隙を逃さずまず右に分裂したほうに刀を突き刺す。
 まるで温められたバターにナイフを刺すくらいのそんな感触が返ってきて、それは死んだ。
 地面に溶け逝くそれを確認などせず、残る左側に分裂した方へ振り返る。
 するとそこにはボコボコという音をたてながら自身の質量を増やしているバケモノがいた。

 ……バケモノだからって何でもアリってのは無いだろう。

 少し毒ついて同じように刀を突き刺そうとしたが、その瞬間にそれは無数に分裂した。
 そして俺の顔に集まりだした。
 例えるなら水で形成されたボールのようなものに顔がはまっている状態。

 つまり窒息死、いや溺死させようということだろうか。

 だがそれは明らかに間違った選択だ、手でも突き刺せばそれで終わりなのだから。
 即座に俺はそれを実行する。
 死んだソレは本当に水のようにザバッと地面に落ち、溶け込んでしまった。
 敵がもういなくなったのを一分ほど待って確認して、俺は地面に寝転んだ。

-------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ --------

 武がそのまま寝転んでいると身体の中から魂が抜けるとでもいうようなそんな感覚がした。
 その一瞬後に武を覗き込むように四神 初美が立っていた。

「お疲れ様」

「ああ…」

 そのまま四神 初美は武の側にしゃがみ込む。

 武は夜空に浮かぶ満月を見つめ

 初美は何か考え込むようにして

 ただ時間だけが過ぎていく。
 しばらくして四神 初美は武に話しかけた。

「あなたってさ、きっと昔酷い事故にでも巻き込まれたから生死がどうでもよくなっちゃったん
でしょうけど、生きてみなさいよ? 人生そんなに悪くないわよ」

「死神が言うか、そんな事」

 武のその言葉に初美は少しムッとした顔をした。

「死神ってのはあだ名みたいなもので、別に本当に死神ってわけじゃないの!」

 武はそうか、とだけ答えた。
 詳しい話を知らない自分にとってそんなことを怒られてもどう言えばいいのかわからない。
 なら相手に合わせるのが無難だろうと判断したのだ。
 だが初美はまだムッとした顔のままだった。

「で、生きてみるの? みないの? どっち」

「あのな少し話がスレてるぞ。俺は生死がどうでもいいとは言った。が、死ぬ、死なないの選択で
迷ってると言った覚えはない」

 そう自分はあくまでも生死に興味が無いだけだ。

 生きれないなら死ぬのであって

 死ねないなら生きるのである

 何も自殺しようというわけではない。

「あ、そいえばそうよね。じゃ質問を変えるけど……これからも私の手伝いをしてくれる?」

「手伝いって…今日みたいな?」

「う、うん」

 何か緊張した表情を浮かべて武の返事を待つ初美。
 それは初美の本心からの言葉である。
 内心ドキドキしている初美に武は意外そうな顔をした

「俺はてっきりあんたは最初からそのつもりでいたと思ってそのつもりでOKしたんだけど」

「え……そうなの?」

 今度は初美が意外そうな顔をする番だった。
 自分は今回だけのつもりで彼に協力してくれるか聞いたのに彼はそうでなかったなんて――――
思わず笑ってしまった。

「何なんだよ」

「ううん、何でも。とにかくこれからよろしくね」

 そう言って初美は寝ている武に手を差し出す。
 武も無言で差し出された手を握る。
 握手も済ませて初美は腰をあげる。

「じゃ今日は帰りましょう。詳しくは次の休みにでも教えてあげる、何か問題ある?」

「ああ、ある。それも重要な問題が、二つも」

「え、な…何よ、それ」

 今夜(すでに昨日だが)の魔物は今倒したスライムのようなものだけだ。
 それを倒してなお二つも重要な問題なんて――――――
 自分には想像もつかない。

「まず一つに顔がネタネタして呼吸がしづらい、次に……腹が減ってもう動けない」

 武の腹が空腹の限界を極めたような音で鳴る。
 初美は確かに脱力する自分を感じたが、それもすぐに笑いに変わった。

「何なら家に来る? 何か食べさせたげるわよ?」

「早急にそうしてくれると非常に助かる」

「ふふ、待ってて今迎えを呼ぶから」

 そう言って初美は携帯を取り出し話し始めた。
 武はそのままジッと満月を見つめる。
 そのまま初美に聞こえぬように呟く

「これからどうなるのかね」


 ―――――――こうして彼と彼女が出合った夜は終わりを告げる。


 いよいよ、幕は切って落とされた。


第一夜     終了

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