「って、な、何なんだよ!」

 いきなりボロボロと涙を流す四神 初美を見て焦る。
 何かマズイことを言ってしまったのだろうか。

「うるさいわね!」

 そう言って、彼女は涙を拭きながらこちらに近づいてきた。

「ねぇ、あなたは私に協力してくれる?」

「そりゃ、死なれたら困るからな、してもいい。けど、俺には何もできないぞ。あのバケモノ
アンタはともかく、俺が斬りつけても無駄みたいだし」

 前方にいるバケモノに、さっき俺が斬った傷など見当たらない。
 だいぶ深く斬りつけたつもりだったのに、だ。

「二つ返事なんかしていいの? 死ぬかもしれないのに」

「だから、俺は別に死ぬ事なんてどうでもいいんだ。だから構わない」

「何であなたは死ぬ事がどうでもいいの?」

 そう聞かれたのはそういえば初めてだ。
 なので随分と新鮮な感じがした。
 だけどその答えは考えるまでもない。

「生きることにも、死ぬことにも興味が湧いてこないんだよ」

「そう……とにかく協力してはくれるのね。だったら少し時間を稼いでほしいの」

「どうするつもりだ?」

「あなたと契約するわ。そうすればあなたも死神の力が使えるし、あなたの方が刀の扱いも
上手そうだから問題なくなるでしょ?」

「つまり俺を戦えるようにしてくれる…と?」

「そんなところ。とりあえず三分ほど時間を稼いで。近くの公園の場所わかる?」

「ああ」

「じゃあそこで私は準備するから、三分経ったら公園まで来て。それじゃ」

 そう言い残してついさっきまで泣いていたはずの四神 初美は走り去っていった。
 結局わけのわからない状況が解決されたわけではない。
 むしろますますわけがわからなくなってきたと言っていい。
 だがしなくてはいけない事は決まったらしい。

「これで簡単には死ねなくなったわけだ」

 呟くと同時に横道に入り込む。
 俺とバケモノの短いような長いような鬼ごっこが始まった。


 横道からそのまま路地裏へと走り抜ける。
 例のバケモノはと言うとまるで油の上の水のように地面を滑って俺を追いかけている。
 だがこの辺の道はおおよそ把握している。
 行き止まりの道を選ばないようにしつつ、直進だけでは追いつかれるから途中で曲がる。
 そんなことを数回繰り返して、元の道へ出る。
 立ち止まることなく公園から遠ざかるように、でも離れすぎないように走り続ける。
 頭の中で走っている周辺の道を必死に思い出す。
 今の俺にできるのは逃げる事だけだ、それ以外の余計な事は考えてはいけない。

 とにかく走った。

 走りまくった。

 心臓は早鐘のようにドクドクと鳴っている。

 取り入れようとする酸素の量も多くなる。

 だんだんと苦しくなってきた。

 そしてもうこれでもないくらいに限界を感じたあたりで公園に辿り着いた。
 バケモノはもちろん撒いてきてだ。
 契約とやらの最中にバケモノに追いつかれては話しにならない。
 ふらふらの足どりで公園の中を見回すとすぐに四神 初美が見つかった。
 公園の中央の広場、そこに一人四神 初美は立っていた。

「おい…来たぞ、準備は、いい、のか?」

 息切れしているせいで何だかうまく話せないまま話しかける。
 声に気がついた四神 初美はこちらに振り向いた。

「えっと…大丈夫?」

「ああ、だからさっさと、契約とやら、しちまおうぜ。バケモノの奴もすぐに来るかも、しれない」

 本当は少し休ませてほしいところだが、バケモノがすぐに来るかもしれないのは事実なので急ぐ事にした。
 四神 初美は頷くと俺を招き寄せた。
 そこは恐らく彼女が描いたのであろう円と模様がある。
 その中央に立たされると、彼女が何事か呟いた。

 それに反応して足元の円と模様が緑の光を発する。

 さらに彼女が何か呟いているが、聞こえなかった。

 全身の、あらゆる感覚があやふやになっていく。

 今この状態で五感のうちまともに働いているのは視覚くらいだ。

 彼女が一言呟くたびに光はその強さを増していく。

 そして最後の一言を呟いたとき光は俺たちを飲み込んだ。

 光に視界が奪われ何も見えない。

 そんな状態がどれくらい続いたのだろうか。

 やがて光は消えて、視界も元に戻る。

 すぐ側にいた四神 初美の姿は消えていた。
 どうなっているんだと辺りを見回すも彼女の姿は見当たらない。

「おい――――――」

 どこに行った、と言おうとするのと
 バケモノが現れたのはほぼ同時だった。

「何てタイミングの悪い…」

 そうぼやいて俺は刀を構えた。


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