思わず握ってしまった手はとても小さかった。

 でもそれは俺よりも暖かくて

 そして、―――――――――震えていた。

 「ったく、何だってんだ?」

 死神、と確かに彼女は言った。
 あんなバケモノを見て驚いたりしてない点を見ても、嘘を言ってるとも思えない。
 だったら別にどうということではない。
 このまま家まで帰って寝てしまえばいい。
 俺は生死がどうでもいいとは言え、バケモノ相手にどうこうしようと身の程知らずなことを言ったりしない。
 だから、帰ってしまえばいい。

 いい、いい、いいのに――――

 だっていうのに、何で、足は帰ろうとしない。

 足を進めようとするたびに彼女の後姿が思い出される。
 彼女の後姿を見て初めて気づいたが、彼女は刀を手にしていた。
 死神というから鎌を想像していたが、どうでもいい。
 そんなことよりも、刀を手に走る彼女はどこか壊れそうだった。
 そして小さかった彼女の手を思い出す

「ああ、くそっ!」

 彼女の後を追うようにして走る。

 俺なんかが行っても迷惑なのはわかっている。

 俺なんかが行っても何もできないのも承知している。

 だからと言って俺だけ知らないことが多い、それでは納得できない。

 それに彼女は俺と違って死を恐れる人間だ。

 だったら――――――――――

 とにかく走った。
 一分一秒でも早く目的の場所に辿り着くことをめざして
 とにかく走った。

-------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ --------

 伸びて来る触手を横にかわして、刀を一閃させる。
 斬られて、落ちたソレはまるで水が地面に広がるのと同じように溶けていった。

 問題ない、今日はいける。

 心の中でそう言って魔物に向かい走り出す。
 今日の朝に彼を助けたせいで逃がしてしまったが、その時に傷はつけていたので
 私がいるとわかってても傷を回復させるため人を襲うはずだと思っていたが見事に当たってくれたらしい。
 スライムのような魔物は迫ってくる私になおも触手を伸ばす。
 身体をわずかにずらす程度の動きでそれをかわし、私の手には馴染まない、父の使っていた刀を
握り締め、踏み込む――――――ことができなかった。
 いきなり現れた触手が私の両腕を捕らえた。
 次いで先ほどかわした触手が私の身体に巻きついて、私を拘束する。

 一体どこから――――――?

 慌てて辺りを見回して、見つけた。
 それは私の左右に位置する街灯にあった。
 あらかじめ自身を分裂させての罠といったとこだろう。
 完全に油断していた。
 スライムがゆっくりとこちらにやって来る。

「ぃやぁ……っ!」

 声がうまく出ない。
 せっかく止まった震えがまた始まる。
 刀も手を離れて地面に落ちてしまった。

 ああ、私は死ぬんだ。

 そう感じ取って涙が出てきた。
 スライムはもう眼の前―――――――

「―――――――――!!」

「勝手に死んでくれるなよ!」

「――――え?」

 覚悟を決めるのと彼の声は同時。
 いつの間にか拾っていた私の刀で私を捕らえる触手を斬る。
 私の身体が自由になったと思えばその時にはもう彼はスライムに斬りかかっていた。
 私よりも力強く、早いその一振りはスライムの身体を大きくを斬り裂いた。
 でも、彼は何の能力もない普通の人間。
 スライムは引き下がりこそしたものの、傷はもう塞がってしまっている。

「おい、大丈夫か?」

 彼も相手を見たまま後ろずさりして私の近くまでやって来た。

「あなた、何で―――――!!」

「ピンチを助けたんだ文句は言うな。大体な、俺は何も事情がわからないんだ。それなのに
あんたに死なれたんじゃどうしようもないだろ」

「だからってそれとこれとは話が――――――」

「ああ、分かってるよ! 俺が迷惑なのも何もできないのも分かってる!! だけどな――――」

 そこまで言って彼は私をチラリと見た。

「死神か何か知らないがな、怖いなら怖いと言えばいいんだよ」

 そのぶっきらぼうに言い放った一言。
 それは死神になってからずっと心の底で誰かに言って欲しかった一言。
 だからこそその言葉は一瞬で私の中に染み込んできた。


 だからこそ私は涙を流した。
 そうに決まっている。


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