「あははははっ! 本当にそんなチャンスがあったのか! あはははっ!!」

 帰り道、お腹を押さえて大笑いする陽を横目で睨みつける。

「んなに笑うことじゃないだろう」

「いや、だってさ。それで四神 初美は何も知らないってわかったってだけならいいけど
向こうからよろしく、だろ? ははははは!」

 どうやら陽はクラスの女子とだって一度も話したことの無い俺が四神 初美と割かし普通
の会話をしたことがおかしいらしい。
 俺は女子を遠ざけてるというイメージでもあるのだろうか。
 ……無いとは言わないが。

「はは…あ〜笑った。と、そういや何かおもしろいゲーム持ってない?」

「は? お前ゲームなんかするっけ?」

「いや、最近夜の街は物騒だろ、出歩けなくて暇なんだ。だから最近はゲームしてるんだよ」

「どうだろ今は引越しの荷物の中だからな…」

「え、引っ越すのか武?」

「ああ。てかもう引っ越した。今は荷物を解いてる最中だからゲームが運良く出てきたら探すけど
……何だ、夜の街が物騒って?」

 陽は俺の質問に面食らった顔で驚いた。

「武。四神 初美のことを知らないのは仕方ないかもしれないけどな、世間のニュースくらいは知っとけよ?」

「最近は引越しで忙しかったから」

「にしたって学校でも先生が言ってたろ? 最近この街で謎の殺人事件が起きてるんだ。昨日も
被害者が出て、これで六人目だ」

「本当か、ソレ」

 まさか自分の街でそんな事が起きているなんて。
 にわかには信じがたい話だ。

「信じられないかもしれんが、本当だよ。だから俺も夜は出歩けないんだよ。って…俺こっちだな、武は?」

「途中までは前の家と変わんないってゆうか…前の家の近くだし」

「じゃ、ここでお別れか。ゲームの件よろしく頼むぜ。それと夜は出歩くなよ」

「ああ、わかった」

 そう言って陽と分かれた。
 そのまま特に何事も無く家までつく。
 マンションの一室である自分の部屋の鍵を開けて
 そのままリビングに自分の鞄を置いて自室に入る。
 とりあえず最優先で出してあるベットに制服のまま寝転ぶ。

「ふあ…っ、はぁ…」

 どうも予想以上に朝の出来事は俺を悩ませたらしい。
 普段使わない頭でアレコレ考えたもんだから、もの凄く眠い。
 本当は荷物を整理整頓しなくてはいけないのに俺の意識はどんどん闇へと落ちていく。
 それに抗う事などできるハズもなく、俺はそのまま眠ってしまった。

-------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ --------

「うわ……寝すぎた」

 時計の針は既に十一時を過ぎていた。
 別にそれがどうしたというわけでもないのだが、一つ問題がある。
 無言で部屋を出て、リビングの明かりをつける。
 やはり無言で冷蔵庫の扉を開ける。
 中身は何も無い、本当に何も無い。

「明日の朝までは―――――」

 そこまで言って俺の腹が空腹を訴えるように鳴る。
 どうも身体は我慢してくれそうにないらしい。

「今ならコンビニくらい開いてるか」

 今更着がえるのもめんどくさかったので制服のまま俺は外に出た。
 部屋の鍵をかけてコンビニへと向かう。
 初夏だけあって夜でもそんなに涼しくはない。
 肌に纏わりつく空気はむしろ生暖かい。
 空を見上げるとそこには満月があった。

 月は何も語らない故に美しい――――――

 それは一体誰が語ったのか。
 分からないが確かにその通りだ。
 月は――――――あんなにも美しい。
 そんなことを考えてコンビニの近くまでたどり着いた、その時。

 寒気が全身を襲った。
 歩いていた足がピタリと止まる。
 近くの街灯、そこに何かが居た。
 何か、と例えたのはそこに居たのが決して人ではないから。
 一番近いものを挙げるならスライムというものだろうか。
 とにかくそのスライムのようなものは近くの街灯から俺を見ている。
 目が無いのに見ているというのもどうかと思うが、何となくそう感じた。

 そして――――――殺される、と

 空気でそれを感じ取る。
 それと同時にスライムが俺に向かって触手のようなものを伸ばす。
 俺の身体に巻きついた触手の感触はやはりスライムみたいだが、しっかりと
 俺の身体を締め付けている。

 そのままスライムへと引きずられる自分の身体。

 自分にゆっくりと死が近づいていると実感する。

 だから俺は別に抵抗せず死が訪れるのを待つ。

 そして触手は途中で切れた――――

「―――――え」

 何が起きたのだろう。
 そう思っていたらいきなり手を引っ張られた。
 そのままスライムから逃げ出すように走り出す。
 ちょうど月が雲に隠れてしまって、俺の手を引く誰かの姿を確認することができない。
 しばらく走り続けてその人物は足を止めた。
 俺もそれにつられて止まる。

「あんた…一体何考えてるのよ!」

 ちょうど月が現れて俺の手を引いた人物の姿を見ることができた。
 その聞き覚えのある声の人物は

 放課後の学校の下駄箱で話した時と口調が違えど

 間違いなく四神 初美だった。

 時刻はもう間もなく零時になろうとしている。
 俺は夜の街で彼女と出会った。
 それは偶然か――――――それとも必然か
 どちらにせよそれは始まり。
 これからこの夜の街でしばらく続くこととなる戦いの、始まりだった。


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