「武?」

 陽の言葉で我に返り、椅子に腰を落とす。
 知らないうちに立ち上がっていたらしい。

「え、もしかして…当たり?」

「ああ、あの娘だ。間違いない」

「へぇ、良かったじゃん。あっさり見つかってさ」

「よくねえよ」

 そう、決して良くはない。
 だってそれは、ただでさえ謎なことをさらに謎にしてくれるのだから。

「あの娘が俺を助けた娘だとしてだ、何でトラックに撥ねられたハズの人間が今あそこにいたんだよ…」

「んなの…本人に聞けばいいじゃん」

「あのな、俺がどうすればあの娘に話しかけられるってんだ?」

「そりゃそうだけど聞かないと分かんないだろ?」

「う………」

 陽の言うことがもっともなので言葉が詰まる。
 確かに本人に聞くのが一番手っ取り早い。
 もちろん彼女が本当の事を包み隠さず喋ってくれるという条件の下でだが。
 だが俺には彼女に話しかけるきっかけが無い。
 そして彼女が俺に話しかけてくるといったことも、無い。

「そこまで悩むことか武?」

「うるせえ。じゃあお前はできるのか? いきなりよく知りもしない相手に変な質問するなんてことをよ」

「あー……」

 俺の反論に陽が黙り込む。  やはり陽もそういった事はしにくいんだろう。
 質問の内容が飛びぬけて変だということもあるだろうけど。

「そうだよなぁ、確かに難しいよな。でも意外にすぐにそんなチャンスが来るかもよ」

「だったらどんなに楽だろうな」

 会話はそれっきり
 後はお互い無言でチャイムが鳴るまで無言で食事をした。

-------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ -------- ◆ ---------

 放課後

 夕日で赤く染まってく教室の中で一人佇む。
 しばらくぼぅっとしていたら、いつものように陽がやって来た。

「お前も毎日飽きないな」

「いいだろ、部活に行く奴の中歩くのはめんどくさいんだよ」

「ま、それで朝もわざわざ遠回りしてるしな」

「そうゆうことだ」

 生死がどうでもいい俺にとって、活気のある、つまり生きていると感じ取れる人間がほとんどの学校というのは
気分が悪い。
 授業中などは仕方ないと我慢できるが、登下校まで我慢するのは嫌なので
登校は遠回りをして、下校はみんなが居なくなった後ゆっくりとという風にしている。
 そして帰りは陽といっしょというのがいつの間にか当たり前になっている。

「んじゃ行くか」

 無言で頷き、教室を後にする。
 何でもない話をしながら下駄箱の前までやって来て陽があっと声を上げた。

「やばい、問題集教室だ。取ってくるから校門のとこで待っててくれ」

「お前が真面目にそんな物するなんてな」

「明日の朝に出さないと夏休み補習になっちまうんだよ」

「なるほどね」

 走って今来た道を引き返す陽を見やって、そのまま下駄箱で靴を履き替える。
 その時、俺の下駄箱と向かい側の下駄箱に人がやって来た。
 靴を履くためかがんでいた体で顔だけそちらに向ける。
 そして時間が止まった――――少なくとも俺のは。

 そこに居たのは昼休みの話題のタネである

 四神 初美だった。

 彼女は綺麗な動作で靴を履き替えるとそのまま歩いていく。

「おい、あんた―――」

「え?」

 待て。
 待て待て。
 俺は何で話しかけたりしてるんだ?
 振り返って不思議そうに俺を眺める彼女の顔を見てそう気づく。

「えと―――あの、何か?」

 彼女が少し警戒した感じで口を開いてきた。
 何か言わねばいけない。
 だけど俺が彼女に言う事があるとすれば、朝の出来事についてだけだ。
 だがそれをどうやって切り出せばいいのだろうか。

「あっと……だ、な」

「?」

「あんたは四神 初美だな?」

「え、はい……あの、前にどこかで――――」

「いや、話したのは初めてだ」

「は……ぁ」

「少し聞きたいことがあって……その……声をかけたんだが」

「何でしょうか?」

 そして言葉が出せなくなった。
 どう言えばいいのかまったく思いつかない。
 なので――――――素直に聞くことにした。

「あんた、今日の朝に俺を助けたり……したか?」

 言ってみて何て馬鹿なこと聞いてるんだと思った。
 眼の前の四神 初美も不思議そうな顔をますます不思議そうにさせた。

「えっと…ごめんなさい。あなたの言ってることに心当たりがないんです…けど」

「いや、変な事聞いた。忘れてくれ、じゃあな、時間取らせて悪かった」

 何か恥ずかしくなってきて早足で校門へと向かう。

「あの…」

 後ろから呼び止められ、今度は俺が振り向く形になる。

「…何か?」

「いえ…あの、お名前を聞いてもいいですか」

「ああ…名乗らないのは失礼だよな。武――境 武だ」

「私の名前は知ってるんですよね、よろしく」

「ああ、よろしく」

 そして再び歩き始めた。
 やはりまだ恥ずかしくて早く校門まで行こうとしていたせいだろう

 俺は彼女が背後で呟いた言葉が聞こえなかった。


「まさか……覚えてるなんて」


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