朝の空気を肌で感じながらあくびをかみ殺す。
……あんまり寝てないからさすがに眠い。
だが、朝の練習をサボるわけにもいかない。
というわけでいつものように裏庭にやってきた。
左手を突き出して右手を支えるように添える。
ここまではいつもと特に大差のない風景。
だけどここからがいつもとは違う。
意識を集中して、イメージする。

夜遅くまでためして一番しっくりきたイメージはエンジンとガソリンだった。
ガソリンが魔力で、エンジンが魔法へと繋がるもの。 一番初めに魔力を外に出すことができたイメージだったが、結果として
一番しっくりときた。

ガソリンをエンジンの注ぐことなく垂れ流す、そんなイメージ。
そしてそのイメージに沿って魔力が外へと流れていく。
魔力はそのままいい具合に流れ出し――――不意に左腕に痛みが走った。

「ぐっ……!!」

耐えられない痛みではなかったし、一瞬だけだったがイメージが霧散するのには充分だった。
魔力の流出は止まり、後には痛みがじくり、と残った。

「これが意識して魔力を流すってことなのかな」

今までは失敗の結果……ようは無意識下で魔力を外に出していた。
だから痛みもなかった、もしくは感じてなかったのかもしれない。
だけどそれが意識して行われたとなるとこうして痛みを感じる。
それは昨夜もそうだったが昨夜は出してすぐに止めていたから大丈夫だったんだろう。
どうやら魔力を外に出すというのは思っているより身体に負担がかかるものらしい。

「それでも少しづつ……!」

「待て待て待て待てい」

再び左腕を突き出すのと同時、聞きなれた声とともに後ろから頭をコツンと叩かれる。
振り返るとそこには眠そうな顔をしたカルクがいた。

「あのね、君が一人で頑張るのはいいけど僕が一緒じゃないんじゃ意味ないじゃないか」

「でも魔力を外に出す練習だけだし一人でもどうにかなるよ」

「それでも、だよ。魔力を出す時とか出した後とかに何もないかどうか見とかないと万が一だって
ありえるだろう? 刻印の作用が何かあるかもしれないんだし」

「そっか……それもそうだよな。ごめん、今度からは気をつけるよ」

素直に謝るとカルクはうん、と笑った。

「よしよし、素直で結構だ。で、今魔力を外に出してたみたいだけど何か変わったこととかある?」

「えーと、変わってるのかどうかだけど魔力を外に流し続けようとしたら左腕に痛みが走ったんだけど」

そう言ってカルクに左腕を見せるとカルクは考え込むようにして左腕に視線を向けた。
正確にはその左腕に刻まれている刻印へと。

「たぶん…刻印が少し反応してるんだろうね」

「刻印が?」

「うん。今までは―――その、朝の練習の失敗の時とかは外に流れる魔力が微少だったから何も反応しなかった
んだろうけど、アーリティルがとりあえず意識して魔力を外に流せるようになって刻印が反応する規定値に触れたんだと
思う。意識してるのとしてないのとじゃ自然と外に出す魔力の量も変わるからね」

「それは分かるけど。つまり…どういうこと?」

「今まで全然使ってなかったものをいきなり使ったからまだ身体が慣れてないってこと。何回か練習してれば
きっと慣れてくると思うよ」

「なるほど」

ということは別に魔力を外に出すのは負担のかかることじゃないってことか。
どっちかというとそれによって作動する刻印の負担がかかるのか。
そしてそれに慣れるまで地道に練習するしかない。

――――――――――ああ、でも。

そんなことでさえ嬉しく思える。
あれだけ届かなかった『魔法』に少しだけとはいえ近づけているのなら、それがすごく嬉しい。
だから頑張ろう。
出来る事を精一杯しよう。
今はただそれだけだ。

「じゃあまた練習に戻るけど、同じ事してればいいのか?」

「ああ。とりあえず午前中は魔力を外に出す練習を繰り返して刻印の反応に少しでも慣れるようにしよう。
午後からはまた別のことをやるけどそれはその時に」

「わかった」

返事をしてカルクから視線をはずし、集中する。
そして先程と同じようにして魔力を外に出す―――――――

■  ――――――――――――――――――――――――  ■

朝になると必ず調子の悪くなる胃のあたりを擦りながら、窓の外を見る。
今日も空はどこまでも青い。
そして、ふと視線を下げるとそれが眼についた。
学生寮の裏庭の一角。
私の部屋から偶然にそこだけ見ることができ、そこに彼らはいた。
一人は知り合いで、じっと立って目の前を見つめている。
その視線の先、背中が見え隠れする程度でもう一人の人物がいる。
誰だ、などと問うまでもない。
私が知る限り、この時間にあの場所にいるのはこの学院において一人だけ。
アーリティル=ハインゼチル。
私の生徒である少年だけだ。
そして私は今日もその光景から眼を離せなくなる。
アーリティルは知らないだろうが、彼が毎日早朝に練習をしているように私も毎日その光景を見ている。

ああ、私は何と酷い人間だろう。

不意にそう思う。
魔法というのは訓練すればいいわけではない、理解する事こそが大事なのである。
訓練というのは理解の過程にわずかばかりついてくる程度のものでしかない。
だからアーリティルのように訓練を頑張るというのは魔法使いらしかぬものだ。
でもそれを指摘しない、むしろそれを応援している。
私は矛盾している。

毎日繰り返すその光景を見て思うことは二つ。

今日も頑張っているな、ということ。
そして何て無駄な事をしているのだ、ということ。

「―――――っ」

今日は胃の調子がいつもより酷い。
昨夜知り合いに打ち明けたせいだ。
この光景から眼を離せないクセにまともに見られないでいる。
そんな調子で立ちつくし続けると、耳に聞きなれない音が聞こえた。
振り返ると時計のアラームが鳴っている。
万が一寝坊しないようにとセットしておいたものだ。
きっと心のどこかでアラームに感謝していたのかもしれない。
その光景から眼を離すことができたことに。
証拠にアラームを止める私の足は少し軽やかだった。
そのまま外を見ないようにして着替えを済ませてドアへと足を向ける。
ドアから外に出る前に呟く

「………頑張れ」

自分でも驚くくらい小さなその呟きは朝の静寂へと消えていった。
構わない。
届くなどと思ってはいない。
ああ、でも、それでも――――――――言わずにはいられなかった。

そして今日も矛盾した私を抱えて私の一日が始まる。

■  ――――――――――――――――――――――――  ■

「いてて……」

「さすがにすぐってわけにもいかないね、大丈夫かい?」

「ああ、うん、なんとか」

そろそろ朝ご飯の時間ということで練習を中断し、食堂へと向かう。
あれから何度か試してみたものの魔力を外に出した時に走る痛みに慣れるということはなかった。
確かにカルクの言うとおりすぐってわけにもいかないだろうけど、意外に痛い。
魔力を出し続けようとした途端に痛みが走るもんだからすぐに止めるけど、実際魔力を出し続けようと
思うとかなり痛みを我慢しないといけない。
早く慣れたいと思う反面、慣れるのには時間がかかりそうだ。

「はぁ〜…みんな真面目に起きてるもんだねぇ」

食堂の中、食事を受け取る列や、既にテーブルに座って食事を始めている連中を見ながらカルクが
感慨深げに呟いた。

「いや、普通起きてるもんだと思うけど」

「え〜、僕たちの時はみんなギリギリまで寝てて何て言うの? 日々早食い大会みたいな感じだったのに」

と言いながらおかしな光景でも見るような顔をした。
ゴメン、たぶんおかしいのはカルクの方だと思う。
そのことは口には出さず食事を受け取ってテーブルの空いている席に座った。

「さて、いただきますか」

そう言ってカルクは食事に(例によってやたら大盛りな)手をつける。
俺も黙々と食事を始めた。

「おはようございます、スカラピッチさん」

と、朝からカイトがやって来た。

「ああ、おはよう」

カルクがそう返すとカイトはカルクの隣に座った。
どうやら俺は関係なさげだし、あっても嫌味しか言ってこないだろうし無視して食事を進めよう。

「しっかし君もアーリティルも朝から元気だねぇ」

「そうでもないですよ、みんなこんなものです」

「いまだに信じられないなぁ」

「しばらくすれば慣れますよきっと。ところで―――」

そこで言葉を止めてカイトが俺の方を見た。
そして


「この落ちこぼれの出来はどうです?」


わざと周囲に聞かせるようにそう聞いた。

「…………」

俺は別に反応しない。
こんなに朝早くからという点を除けばいつものことでしかない。
わざわざ食事中に反応する必要もない。
カルクも俺が特に反応しないのを見て、これといった反応は示さなかった。
そのかわり

「なかなか優秀だし、順調だよ」

これまた周囲に聞こえるようにそう答えた。

「な―――っ!!」

さすがにこれには反応する。
何を言ってるんだこの人は。
思わず何か言い返そうとして、驚きの顔をしているカイトに眼がいった。
……どうやらカルクの言葉に反応してしまったのは俺だけではないらしい。
よくよく周囲を見れば他にも何人かは驚きの顔をしていた。

「こんな返事じゃ不満かい?」

まだ驚いているカイトにカルクが尋ねる。

「ふ――――、不満に決まってるじゃないですか。そんな落ちこぼれが優秀だなんて…!!」

カルクの問いに我に返って反論するカイト。
知らないとはいえ、カルクにああも反論するってのは凄いな。
なんて、驚きはいつの間にかどこへやら。
眼の前の二人を観察してしまっていた。

「だけどね、僕は事実を言ったまでだよ。少なくとも僕は彼を落ちこぼれとは評価しない」

「冗談でしょう?」

「本気さ。彼はきっと近いうちに魔法に辿り着く。そうなれば君もそうは言ってられないよ」

「―――――そいつが魔法を使えるようになったら俺より強いとでも?」

「そういう意味じゃないけど……でも、そうかもしれないね」

「冗談にしても笑えなさ過ぎますよ?」

「だから本気だって。なんなら勝負でもして試してみればいい」

「っ!! そこまで言いますか。いいですよ勝負でも何でもしてやります」

ん? あれ? 何か話がヘンな方向に向かってるんですけど……?

「ちょっと、二人とも」

呼びかけるが、二人は気がつく気配もない。

「じゃあ何時、何処でやろうか」

「明後日の授業で魔法を使用する模擬実戦がありますからその時でどうです?」

「よしじゃあそうしよう。いいかい? 直前で逃げるなよ?」

「そちらこそ。直前でまだ魔法が使えない、なんて言わないでくださいね。では、失礼します」

そう言って席を立つカイトをひらひらと手を振ってカルクが見送る。
…………ちょっと待て。

「さって食事を再開しますか」

「いや、ちょっと、ねぇ」

「ん?」

「今のってさ、本気じゃないよな?」

だってあれだぞ? いまだ魔法なんて欠片にも見えてこない俺と、魔法の腕はクラスでも上位のカイトが
勝負しますだなんて、そんな。
めちゃくちゃじゃないか。

「ああ、うん、だから明後日まで一生懸命頑張ろうね」

だからそんなことは本当にやるはずがなくて………は?

「マジです、か?」

「うん、マジ」

「…………………………はぁ!?」

この後散々カルクに怒鳴り散らしたが徒労に終わり、午前中は急ぎ足のような感じで過ぎてしまった。



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