「で、午後からは別のことするって言ってたけど何するんだ?」

椅子に座りながらコーヒーを飲んでいるカルクに少し気合を入れてそう聞いた。
カルクは『ん〜?』なんて呑気な返事を返しながらこちらに振り返る。
それで気合の半分は削がれた気がした。
これではいけない、と再び気合を入れる。
午前中はカイトとの勝負なんて無茶苦茶なことをやめさせようとカルクを説得したり、わめいたり
してみたせいで練習が全然と言っていいほどできなかったのだ、気合も入る。

結局、勝負に関しては受けることにした。
カルクの意見を変えるのはどうあっても無理そうだったし、こういった形の刺激もいいかもしれないと
自分で納得してしまった。
勝っても負けてもどうなるわけでもないのだし、ならば少し自分に刺激を与えてやるべきだろう。

「午後からはねぇ、君が貯めれる魔力がどれくらいか確かめたいんだ〜」

と、やっぱり気合を削がれるような口調でカルクが喋りだす。
とりあえずカルクの側まで近寄って頭を軽く叩く。

「いて。………いきなり何だい?」

「勝負まで一生懸命頑張ろう、って言ったのはカルクだろ? その本人がそんなんでどうするんだよ」

「いや眠気がすごくてさ………ていうか何で君は僕と同じ睡眠時間のはずなのにそんなに元気なのかな?」

「慣れてるからじゃないかな」

「若いってことだね。いいなぁ――――――は! 今の発言はナシね。僕もまだまだ若い、うん」

そんなことを言いながら頬をペチペチと叩くカルク。

「よし! じゃ始めようか!」

「おう。で、普通に魔力を貯めてみればいいんだよな?」

「ああ。自分で認識できる範囲でいいから限界まで貯めてみて」

「わかった」

眼を閉じて、意識を集中させる。
そしてゆっくりと呼吸する。

魔力とは大気中にあるエーテルが人の体内に取り込まれたものの俗称だ。
だから魔力を貯めるということはエーテルを取り込むということになる。
その方法は人それぞれだが、俺はタンクの中に液体が溜まっていくイメージで呼吸するとうまく取り込める。
魔力を外に出すイメージがガソリンとエンジンなんてことを考えると、取り込むためのイメージがタンク
というのも分からないでもない気がする。
ともかく、少しだけ液体の入っているタンクにどんどんと液体が入っていくイメージと共に自分がエーテルを
取り込んでいるのが分かる。
やがてタンクを満たすほどに液体が入った辺りでイメージを霧散させる。
閉じていた眼を開ける。
エーテルを取り込んで魔力となったものがしっかりとある手ごたえを感じる。

「こんなものだけど……どうかな?」

「驚いた。まだ絶対量が決まっていない年齢でそこまでの魔力を貯められるなんて」

カルクは驚いた顔でそう言うが、俺はカルクと違って相手の魔力の量を知れる程ではないからあまり実感が
持てない。

「そうなの?」

「その感じだと絶対量は結構多いと思うよ」

「へぇ…でも魔力の量ってそこまで重要なの?」

魔力の絶対量が多いのは確かに魔法使いのステータスとして大切なものの一つだろう。
だけど重要性となるとどうなのか俺にはよく分からない。
そんな俺の疑問にカルクは別にそうでもないよ、と答えた。

「大切なのはいかに最低限の魔力で魔法を効率よく使えるか、なんだよ。もちろん多く魔力を込めた方が魔法の威力は
上がるけど結構無駄が多い。要は自分が必要としている効果と威力を引き出す最低限の魔力を把握できるかが
重要なんだ」

「ええっと…俺のうまくいくイメージはガソリンとエンジンって言ったけど、その場合だったら少量のエンジン
で長時間エンジンを動かせるようにできることが重要だってこと?」

「そういう解釈でいいよ。ま、今はその程度だけ頭に置いておけばいい。それだって魔法を使えないと意味が無い
んだしね」

カルクの言葉に頷く。
それもそうだ、魔力の加減だとかは魔法を使えるようになってからすればいい。
今は魔法を使えるようになるためのことをしないと。

「じゃ、次は何をしたらいい?」

「とりあえずは今貯めた魔力を全部外に出して、それが終わったら次は今よりも早く魔力を貯めてみる。それの
繰り返しだね」

「それだけでいいのか?」

「まぁ…ね。とにかく魔力を外に出す時の痛みに慣れることと、魔力を早く貯めれるようにするためだよ」

「それが俺が魔法を使うために必要なことなんだな?」

「ああ、僕の考えが正しければね。信じられない、かい?」

微笑みながらそう聞いてくるカルクの顔を見ながら、一瞬考えて―――

「まさか、信じてるよ」

そう答えた。
こんな魔法の使えない魔法使いにいろいろしてくれる人を疑えというのも無理な話だ。

「でさ、これはどれくらいやるんだ? 夜まで?」

「ん? 勝負前日まで。ずっと」

「は――――?」

今カルクが言った言葉が理解できない。
いや、理解も何もそのまんまの意味なんだろうけど、だからこそ理解できない。

「前日までずっとって!?」

「だからずっと、だよ。確認事項は確認し終えたし、後は練習あるのみ!」

「他にすることってないのか?」

「前日にちょこっと説明とかがあるだけ。だから後は気にせず練習だ!」

親指を立てて得意げな顔をするカルクだが、こっちはと言えば不安で不安でしょうがない。
だってそんなのまるで――――――

「なんかさ、まるでぶっつけ本番! って感じなんですけど」

「そうとも…言えるねぇ」

「冗談だろ!?」

思わず叫ぶ。
そりゃ叫ぶだろう。
俺はてっきりもっとちゃんとした練習をしてくれると思ってたっていうのに。
それがぶっつけ本番なんて、もう無茶苦茶だ。

「そんなんでカイトと勝負とか言ってたのかよ!? いくら何でもそれは――」

「無理がある。けど――――どっちにしたって変わらないよ」

「え?」

「魔法ってのはね、理解の問題なんだ。仕組みが馬鹿みたいに理解できていて、準備も万端ならぶっつけ本番
でもできる。でもアーリティルはそれができてないし、今からそれをさせる時間や、教えるだけの知識が僕に
無い。ならどう足掻いたって結局は練習を重ねて、実戦に近い状況下でぶっつけ本番で挑戦するしかない。
アーリティルは普通みたいに理解から実践じゃなくて、実践して理解するしかないんだよ」

「………」

カルクの言ってることは分かる。
俺がどう言ったって結局は実践するしかない。
だめだ、少し臆病になっている。
もっと気合入れろ俺。
だいたいさっき言ったばかりじゃないか。

「俺は…カルクのこと信じてるからな」

だから、言ってる事が無茶苦茶でもそれを信じろ。
そう自分に言って練習を始める。
カルクは何も言ってこなかったけど、俺の練習をじっと見ていた。


■  ――――――――――――――――――――――――  ■


「アーリティル!!」

「先生……どうしたんです?」

練習を一旦休憩し、夕食とシャワーを済ませて部屋に戻る途中で怒りの形相をした先生に呼び止められた。
思わず足が後ろに数歩下がる。

「お前、カイトと勝負するというのは本当か!?」

「え、ええ…本当です、けど……」

「原因は………………あの、バカだな?」

「ええ、まぁ……」

なんていうか、持てる理性総動員して怒りを抑え込んでるけど抑えきれないよ。
もう爆発寸前だっつてんだろ!? ってくらい低い声の問いかけ。
………今夜カルクの断末魔が響き渡ってもオカシクナイ。

「コロス」

「ちょ、ちょっと待ったー!! いくらなんでも直球すぎです先生!!」

両眼を爛々と不気味に輝かせ、指をペキペキ鳴らしながら歩き出す先生の身体を抱いて止める。

「ダイジョウブダ」

「何がですか!? ていうか別にカルクは悪くないです! 俺だって納得してますから! とりあえず
落ち着いてください!!」

廊下でカルクの名前を叫ぶのはマズイとも思ったけどそれどころじゃない。
とりあえず必死に先生を止める。
と、先生の歩みが止まった。
そして盛大なため息を一つ。

「まったく……お前まで何を考えているんだ? それともあいつに言いくるめられたか?」

「そんなんじゃないです。ただいい刺激になるんじゃないかなって…そう思って」

「致死量の刺激になりかねないな」

「それでも、魔法が使える一歩になるかもしれないですし」

「しょうがない奴らだ、本当に」

「…すいません」

「いい。もう分かった。まったく…怒る気力が無くなった」

「それは良かったです」

これでカルクの命は守られた。
そう言っても過言ではないと思う、多分。

「それでだ、そろそろ離してくれないか?」

「へ?」

そこまで言って自分が何をしているか把握した。
暴走手前の先生を止めるためとはいえ、思いっきり後ろから抱き付いている。
しかも幸か不幸か先生は女性にしては長身だ。
対して俺はこれからの成長に望みをかけたい―――――つまりは先生より低い。
そんな理由と必死だったからという理由のせいで俺の手の片方は先生の胸に触れていた。

「うわあああああっ!!?」

これ以上ないくらい素早く先生から身体を離す。
女の人の胸って柔らかいんだなとか、いい匂いしたなとかいう感想を頭を振って追い出す。

「いや、これは、その、ワザとじゃなくって、不可抗力っていうか………!!」

舌がうまく回らない。
きっと顔も真っ赤なんだろうって鏡を見なくても分かる。

「分かってるから落ち着け。魔法使いにとっていかなる時も落ち着く事は大事だぞ」

分かっててもできない時だってあります。
うまく言葉にできず、心の中でそう言う。

「ま、何か無い限り死にはしないがそれでも気をつけないといけないからな」

「は、はい」

「じゃあもう部屋に戻るけど…頑張ってな」

そう言って通り過ぎていく先生の顔を見て、身体を動かす。
振り返って先生の手を掴んだ。

「どうしたんだ?」

いきなりの行動にさすがに先生も驚いた顔をしていた。
でも大事なことだ、ちゃんと言わないといけない。

「先生、無理しなくていいですよ」

「な…」

「先生が心から応援してくれてないのは分かってました」

気づいたのはいつだっただろう。
確か少し前だった。
先生が俺を励ましたり、応援したりする時に眼が迷っていた。
それがどういったものか理解はできないけど、ただ先生が心からそう言ってくれているわけではない
ことだけは理解できた。
別にそれを怒りたいわけじゃないし、悲しいわけでもない。
たとえ言葉に心が篭ってなくても、味方一人いなかった俺にとってその言葉は凄く嬉しかったから。
だから、ちゃんと言わないと。

「ありがとうございました。もう大丈夫です。だから無理に言葉にしなくていいです」

そう、きっと大丈夫。
迷いながら言葉をかけたり、授業でいろいろやらせる。
そんな半分だけ味方の人がいると分かっただけでも、いないより全然強くいれる。
だからその人にこれ以上無理させるわけにはいかない。
先生は何か言おうとして、でも何も言わなかった。
こっちもそれ以上何も言わず、挨拶して部屋へ歩き始めた。
言おうとしてもなかなかタイミングがなくて困っていたことをちゃんと言えた満足感からか、それとも
ああ言った以上は頑張らないといけないと思ったからか思考は妙にクリアだった。
さっきまで慌てていたのが嘘のようだ。

「よし、今夜も徹夜で頑張るか!」

気合を入れる。
一度後ろを振り返った。
ちょうど月が雲に隠れたせいで先生がいるかどうかは分からなかった。



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