魔法使いが書く資料というのは自分のためだけの物か、自分の後を受け継ぐ人のための物だ。
そのため魔法使いの資料なんてよほどの事が無い限りは他人に読まれることなんてない。
だからカルクが祖父の書いた資料を読んだことがあるなんて普通はありえない。

「あ、いや、僕もそれを見れたのは偶然だったんだけどね」

そんな俺の驚く顔を見てカルクが少しだけ慌てた風にそう言った。

「僕が学院にいた時に使ってた研究用の部屋に隠し金庫があってね。暇つぶしなんかで適当にいじってたら偶然
開いちゃって、中にその資料が――――正確には金庫の中の隠しスペースにあったんだけど。ともあれその資料を
読んでしまった、ってわけ。多分そこに隠したまま取り出すのを忘れてたんだろうね」

「じいさんって意外と間抜けだったんだな……でもそれならこの刻印が何なのか分かるってことだよな?」

「頷きたいとこなんだけどその資料は実験途中のものだったし、紙の状態も悪くて所々読めない部分もあったから
どこまでアテになるかは怪しいね。刻印の作動方は変わってないはずだけどその辺はまで説明するのもあれだし
僕も長くここにいるわけじゃないから手短にどうすればいいかだけやっていこう」

「本当はいろいろ聞きたいけど、分かった。で、どうすればいい?」

「それじゃ一度詠唱しないで炎を出してみてくれるかい?」

言われて神経を集中させる。
右手を突き出して炎が現れるイメージを思い浮かべる。
それを数秒続けたところでカルクがそれを止めさせてきた。

「一つ聞くけどアーリティルは炎を出す時どんなイメージでやってる?」

「え、こう炎がボッて出てくるような感じだけど……?」

イメージをそのまま伝えるとカルクはため息をついてやっぱりねぇ、なんて呟いた。
俺はそんなカルクの言動が理解できず首をかしげた。

「何か違うっけ………?」

「違うねぇ。いいかい? 魔法っていうのは魔力を変換して使うものだ。だからどんな場合でも魔力というものが
魔法に変わるイメージじゃないといけない。つまり今のなら魔力をオイルか何かに例えて、それが燃えるような
イメージなんかが正しい。アーリティルがしてたイメージは燃やすものも無いのに火だけが現れたなんていうメチャ
クチャなものだよ」

「う………た、確かに」

そう言われると自分が今までとんでもない間違いをしたまま練習していたことがよく分かる。
ああ、俺ってば初歩の初歩の段階で間違えてたのか。
一体授業の何を聞いてたんだ俺、何を理解したつもりだったんだ俺ーーーーー!!

「うう…………」

「まぁそのおかげで次の手順に移りやすいんだけどね」

「―――――――へ?」

「うん? 言葉どおりの意味だよ。間違えながら練習してたおかげで次の手順に楽に移れる。ま、怪我の功名ってやつかな」

「……………………せめてもの救いだよ」

もしも間違えながら練習してたせいで余計な時間がかかるとか言われたらしばらく立ち直れないとこだった。
カルクは俺の呟きみたいな答えにハハハ、と笑いながら続ける。

「とりあえず次だ。次は、魔力を放出する訓練をする」

「魔力を放出?」

「そう。さっき言ったけど普通魔力は魔法を使うのに変換されるものだ。でも今からするのは魔力を変換せずにそのまま
大気中に放出するってことだ」

「あれ? でも魔力だけを大気中に放出するのってすごく無駄な事じゃなかったっけ?」

先生の授業で言ってた言葉を思い出しながらカルクに聞く。

『―――エーテルを資源と考えろ。その資源を体内という工場に取り込んで魔力ができる。そして魔力は硬貨というとこだ。
つまり、魔力と言う硬貨を魔法と交換するのが我々魔法使いというわけだな。だから魔力を大気中に放出することは無駄だし
馬鹿みたいなもんだ。硬貨を何にも使わずに投げ捨てるってことなんだから―――』

と先生が熱弁していた記憶もあるし。

「普通はね。でもアーリティルの場合はそうする必要がある…というかそうしないといけない」

つまりこの刻印を起動させるために必要ということか。
ということはこの刻印ってもしかして身体補助なんとは違う魔法のものなのだろうか。
この刻印がただ魔法を使えなくするという機能だけではないというのはずっと思っていたことだ。
だけど本当の機能だってせいぜい身体補助程度の魔法だとばかり思っていた。
でも普通ならしないような魔力の放出なんてことをやるあたりはどうもそうではないらしい。
これは、反省こそすれ落ち込んでなんていられない。

「で、どうすればいいんだ?」

気合を入れなおす。
まだ話し始めてから時間は経ってないが、カルクは最初から大切なことを話しているんだ。
カルクの口調のせいでそんな気がしなかったけど、しっかりと聞かないと。

「魔力を放出することに関してはできているんだ。今だって少しだけど魔力が放出されてたし、朝アーリティルと会った時だって
そうだった。だから、それをちゃんとしたイメージでできるようにならないと。今までは間違ったイメージの結果だったんだし」

「ちゃんとしたイメージって例えばどんな?」

「こればっかりは人によるよ。でも…そうだね僕がそうするならタンクの中の水を蛇口全壊で出し続けるイメージかな。要は体内の
魔力を外に出すようなイメージだったらいいんだからさ」

「タンクの中の水を………か」

右手を虚空へと突き出して、タンクの中にある水が限界ギリギリの勢いで外へふき出すイメージを思い浮かべる。
そのイメージを体内の魔力を外に出すという事と繋げる。
が、魔力は思うようには外に出て行かなかった。

「やっぱうまくいかないかぁ」

「そりゃそうさ。だからしばらくは魔力を外に出す練習だ。最初はいろんなイメージを想像してみて自分にしっくりくるものを
探せばいい。外に出す魔力の量もイメージがちゃんとできてから増やしていくように。じゃしばらく自分でやってみて」

「よっし!」

勢いよく返事をしてイメージを開始した。


■  ――――――――――――――――――――――――  ■


アーリティルが練習を開始してから数時間が経つ。
特にすることもなかったので、暇つぶしも兼ねてアーリティルに質問してみることにした。
そしてそれは単に興味本位での質問だった。

「アーリティル。もし魔法が使えるようになったらどんなことがしてみたいんだい?」

もしもの話だ。
僕が教えたから魔法が使えるようになるとは決まってない。
だからもしもの話。
こうまでして魔法を追い続ける少年が何を望むのかが知りたかった。
だが返ってきた答えは予想すらしていないものだった。

「別に。俺は魔法が使えたらそれでいいし」

「は?」

たぶん今すっごく間抜けな顔をしているんだろうな、と自覚する。
だがその答えは―――――――――あまりにも魔法使いらしくない答えにはそうならざるをえない。

「魔法が使えればそれでいい?」

「ああ。そうだけど?」

それがどうしたという顔でアーリティルは僕を見た。
本気だと思った。
彼は本気で魔法が使えるだけでいいのだと思っている。

「ちょっと、練習止めてくれるかいアーリティル」

自然と口から出た声は冷たく、アーリティルにもそれが伝わったのか、アーリティルは無言で練習を止めて向き直る。

「君は魔法使いをどういう風に考えている?」

「…魔法を使える人間のことだろ?」

「違う」

「じゃあ何なんだ?」

「魔法使いって言うのは、魔法が使えて、かつ魔法で挑み続ける者だ。己を他の誰も到達できない所まで高めるだとか
いうように」

言ってて嫌というほど悟った。
それを告げるのは躊躇われるが、はっきりさせておかないといけない。

「もう一度聞くよ。アーリティルは魔法が使えればそれでいいのかい?」

「ああ、それでいい」

「そうか。じゃあ言っとくけど―――――――」

口に出しかけて、やはり躊躇う。
でも迷わずに告げた。

「―――――――君は魔法使いにはなれないよ」

アーリティルは何も言わない。
ショックかそれとも頭のどこかでそんなことは分かっていたのか。
……恐らく後者だろう。
そう思わせるくらいアーリティルの顔は普通だった。

「もし魔法を使えるようになっても、その時点で魔法というものの価値は無くなっている。そして魔法が使えても魔法に価値を
見ない人間なんて魔法使いじゃない。アーリティル……君はそういう道を進んでるんだよ」

アーリティルはやはり何も言わない。
ただ黙って僕の話を聞いていた。

「何でだい? 何で君はそんな道を進む? 君がこの場にいて、熱心に日々練習しているのは魔法で何かしたいわけでなくて、
魔法を使えるようになるためだけだなんて、何でだい?」

「…………証明したいから」

「え?」

呟くような声はでも迷いなど持っておらず、しっかりと耳に響いた。

「この刻印を創ったじいさんは間違ってなんかない。周りからは愚か者なんて言われてるけどちゃんとした魔法使いだったんだ
ってことを証明したいから」

今度は僕が黙る番だった。
彼は魔法を『用いるもの』ではなく、『証明するもの』としている。
一般の魔法使いではありえないその定義。
正直信じられなかった。

「でも、本当にそれでいいのかい? もし魔法を使えるようになったらもう目的を達成するわけだから、そうなると――――」

君は道を見失うよ、とは言えなかった。
言えばアーリティルが迷うと思った。
だっていうのに

「それでも。それでも俺は魔法を使えるようになりたいんだ」

実際は迷うどころか、アーリティルは自分の進む道だけしかもう見えていなかった。
ここまではっきり言われると、もう何も言えまい。

「分かった、そこまでの決断なら僕も何も言わない。悪かったね、練習再開してくれればいいよ」

そう言うとアーリティルはまたぶつぶつと言いながら練習へと戻った。


本当はあまり納得できてない。
だけど決断した道を行くその姿勢は理解できなくもないものだった。
再び静寂が訪れる。
その中で先程とは違う態度でアーリティルを見ている自分が確かにいる。


そしてその日の練習は夜の食事すらせず、深夜まで続いて終わった。



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