「ああ、懐かしいなぁ〜この味付け」

俺と向かい合うようにして座っているカルクは一口ずつ味をかみしめるようにしておかずを口にしている。
そんなカルクの食器に盛られたおかずはどう見ようが他のやつらの二倍はある。
おまけに滅多に見ることのないレーゼスさんお手製のプリンまでついている。
カルクはレーゼスさんは味方だ、なんて言ってたが本当らしい…………ていうかプリンは反則だろ。

「ねぇアーリティル。ルイナはお昼どうしてるんだい?」

「先生? 先生はいつも朝食べないから朝食をお弁当にしてもらって屋上とかで食べてるよ」

プリンから視線を逸らしつつ答えるとカルクは合点がいったような顔をした。

「そうかそうか、ルイナは今も朝食を抜いてるのか。そいえば昔からそうだったっけな」

「そうなんだ?」

「ああ。彼女は昔から朝は胃の調子が悪いんだ。あれはいつだったか…一度だけ朝食を食べさせられた時があった
んだけどその時はもう凄かったよ。あの時だけはいつも男っぽい彼女がか弱い女の子に見えたくらいだからね」

「はぁ、先生って昔から男っぽかったんだ……」

「昔はもう少し髪が長かったけどねぇ」

「へぇ――――――――」

しばらく普通な会話をしつつ―――――そのほとんどが先生の話で、中には先生の鉄拳を喰らいそうなものまで
あったりしたが―――――昼食の時間が過ぎてゆく。

「よぉ、アーリティル」

と、今日は珍しくしつこいカイトが話しかけてきた。

「なんだよカイト。今日はやけにいじめっ子だな」

「はっ。お前なんかに用はないね」

それだけ言い放ってカイトは俺の正面にいるカルクに声をかけた。

「スカラピッチさん」

「ん、何かな?」

プリンを食べる手を止めてカルクが返事をする。
魔法基礎の授業の時はめちゃくちゃ疑わしそうな顔してたのに今のカイトはそんな素振りがまったくない。
なるほど、例の結界はちゃんと機能しているらしい。

「この落ちこぼれと仲いいんですか?」

って……何がお前に用はない、だ。
しっかり馬鹿にしてるじゃないかよ。
一回くらいは普通にできないもんなのか。
ため息をつきながらカルクを見るとカルクは苦笑したような顔で俺を見てカイトへと向き直った。

「そんな僕も落ちこぼれだとでも言いたいのかい?」

「いいえ。ただ魔法も使えない奴と話しててもしょうがないんじゃないかと思いまして」

「じゃあ仮に僕が君と話したらどうなるんだい?」

「有意義な話しができると思いますよ」

「それは……僕にとって、かな? それとも僕の経験談を聞く君にとってかな?」

にこりと笑いながら言ったカルクの言葉で気づいた。
カイトがカルクに話しかけてきた理由。
こいつ―――俺みたいにカルクに魔法を教えてもらおうとしてるんだ。
理由はよく分からないけど考える事は同じってことか。

「やっぱり、分かっちゃいますか?」

「まぁね。でも、そういうのは嫌いじゃないよ」

「じゃあ――――――――」

「でも駄目だ。悪いけど君とは話す気になれない」

少しだけ喜んだ顔をしたカイトだが、カルクの言葉で固まってしまった。
いきなりそんなことを言われるなんて思ってもなかったのか驚いた顔のままカルクを見ている。

「な、何で……ですか?」

何とか搾り出したような声をカイトが出す。
それを

「だって、アーリティルと話してる方がよっぽど楽しいからね。それにアーリティルと約束もある」

迷いも何もなく、ただ事実を告げるだけだというような声でカルクは返した。

「や、くそく?」

「そ。彼の魔法の練習を見てあげるんだ」

「!!」

カイトが納得がいかないというような顔をして俺を睨みつける。
魔法が使えないのを馬鹿にされるのは別にいい、もう慣れた。
だが、魔法の練習を見てもらうということで睨まれるのはこっちこそ納得できない。
だから俺も思いっきりカイトを睨みつけた。
でもそんな状態はでも長く続かず、さっと顔を逸らしてカイトは去っていった。

「ふはぁ……」

溜め込んでいた息を一気に吐き出す。
睨み合いなんて全然しないもんだから何だか疲れた。

「大変だねぇ…あ、そろそろ昼休み終わりじゃないのかい?」

食堂の時計を見ると昼休み終了の五分前だった。

「ああ、本当だ。じゃあ俺行かないと。カルクはどうするんだ?」

「ん〜僕はプリンを味わってくよ。じゃあまた後でね」

「? あ、ああ」

カルクの言葉にどこか違和感を感じながらも頷いて俺もその場を立ち去った。


■  ――――――――――――――――――――――――  ■


そうして午後。
授業が始まってから数分が経とうとしている。
だが、俺は自分の部屋にいた。
そう…食堂でカルクと別れる時に感じた違和感とはこれだったのだ。

つまり俺は『後で』を夜の意味だと思っていたのに対してカルクは『後で』を午後の授業は全部休んで魔法の練習
をするよ、という意味で言っていたのである。

おかげで授業開始の挨拶と同時にカルクに引っ張り出されることになった。
そうなると先生が何か言いそうなものだが、一応事情を知っている先生は

『まぁアーリティルは成績に問題は無いし少しくらい休んでも大丈夫だろ』

で済ませてしまった。
僅かな疑問はあったものの、反対する理由はどこにも無かったので大人しく授業を休む事にしておいた。
で、カルクは俺の部屋に着いてからずっと窓際の壁に背中を預けて一人考え込んでいる。
俺はというと愛用の丸椅子に座ってカルクが喋るのを待っていた。
そんな状態でさらに数分が経ち、カルクはようやく口を開いた。

「まず確認しとくか…アーリティル、身体のどこかに刻印があるだろ? それ見せて」

「え、確かに刻印はあるけど―――――――」

そう言って服の袖を上げて左腕を、そこに刻まれている刻印をカルクに見せる。
カルクは近づいて俺の左腕を観察しだした。

刻印とは文字や模様を刻み、それに魔力を通すことで魔法を発動させるものだ。
カルクだったら結界を作るのに刻印を用いてるかもしれない。
中には武器に刻印を刻んで付属効果として使用する魔法使いもいるらしいけど、本当かどうかは知らない。
どちらにせよ大抵の場合は魔法使いが身体のどこかに刻んで簡単な身体補助に使うくらいである。

だが、俺に刻まれている刻印はどちらかと言えば呪印だ。
俺が魔法を使えない原因はこの刻印なのだから。

事の始まりは祖父が自分の息子、つまり俺の父親にこの刻印を刻んだことだ。
刻印が刻まれてから父は魔法が使えなくなり、祖父もそのすぐ後にこの世を去った。
どうにか刻印を消そうと父も努力したらしいのだが、かなり綿密に創られたらしい刻印で消せなかった。
その時点で父は魔法使いとして生きることを諦め、せめて自分の子供はと期待したのだがご丁寧に刻印は遺伝する
ように設定されていたらしく生まれてきた俺の左腕にもしっかりと刻まれていた。
この事から祖父は魔法使いの間でも『愚か者』と呼ばれるようになった。
そりゃ、魔法使いが魔法使いであるための魔法が使えなくなるような刻印を刻めばそうも言われるだろう。
父も今ですら祖父の行動は理解できないと嘆いている。

だが俺は別に祖父を恨んだりはしない。
むしろ祖父の味方のつもりだ。
だからこそ今こうしてこの場所にいる。

「ふむふむ…うん、ありがと。もういいよ」

カルクは左腕の刻印から眼を離し、また窓際の壁へと背中を預けた。

「何で俺の身体に刻印があるって知ってるんだ?」

上げた袖を戻しながらカルクに聞いた。
そのことはクラスの人はおろか先生だって知らないことだ。
カルクが知っているなんておかしすぎる。
そのカルクは一瞬だけ思案して



「嘘言っても仕方ないし正直に言うけど、僕は君の祖父が書いた刻印についての資料を少しだけ読んだことがあるんだ」



頭の中が真っ白になるようなことを言ってきた。



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