「一時間目は自習にして申し訳ない」

二時間目の授業開始のチャイムが鳴り終わると同時、いつものようにやって来た先生は簡潔にそう言った。

「久しぶりに知人と会ってな。少し話し込んでいたんだ」

「いや〜ゴメンね。ついつい話が弾んじゃってさ」

先生の言葉に続いて唐突に聞こえた男性の声に教室の時間が止まった、気がした。
声の聞こえた方向――――――教室の入り口に視線が集中する。
そこには、朝に出会った魔法使い、シーウェルン=カルク=タスナが立っていた。

「!!」

驚きは俺だけではないはずだ。
先生も眼を見開いて笑っている来訪者を見つめている。
仮にも抹殺指定を受けている魔法使いが、こうも堂々と人前に姿を見せるなんてどうかしてる。

「やぁ! 僕はスカラピッチ=カスカンヤっていうんだ。君たちの先生とは同級生でね〜
久しぶりに寄ってみたんだけどそしたら教師をしてるっていうからさ、見学させてもらいたくってね」

先生が驚きでうまく思考が働かない間に有名な魔法使いは話を進めていく。
だけど………いくらなんでもその偽名はどうだろうか?
本人は自信満々らしいけどみんな疑いの眼差しを向けてるし。

「おま…っ! 何を考えてるんだ!」

少し取り乱しながら先生が魔法使いの胸倉を掴んで、ガクガクと揺さぶる。

「大丈夫だって〜。迷惑はかけないからさぁ〜」

「充分かけてる!! 部屋にいろとあれほど言っただろう!?」

「君の授業の様子を一度見てみたかったんだよ〜。駄目かい〜?」

「ダメだ!」

「だって数日間はここにいるのにその間ずっと部屋の中なんて厳しいよ〜。一度くらい見学させてくれても
いいじゃないか〜」

「……っ! まったく! 分かったが後ろで大人しくしていろよ!! いいなっ!?」

「ああ。そういうことだけどみんなあんまり気にしないでね」

「お前が言うな!」

「ははは〜」

先生の罵声を浴びながら、魔法使いはふらふらした足どりで教室の後ろまで歩いていった。
先生はと言うと深いため息をついていた。
が、すぐに気を取り直して授業を始めだす。

授業は魔法基礎。
魔法についての基本的知識や、簡単な魔法の練習などをする授業だ。
俺にとっては厳しい授業である。
実際魔法を使えないんだから人一倍話を聞いてなくてはいけないのだが、人間実践してみないことには簡単に
理解できない。
その実践ができない俺は、他人がすぐ理解できる話を時間をかけて理解しないといけない。
だから本当は今も話を聞いてないといけないのだが、

どうしても教室の後ろの魔法使いが気になった。

いや、これは気になっているとかいうレベルの話じゃない。
本当なら今にでも魔法使いに話を聞きたいくらいだ。
だが、生憎俺の席は教室の前から二列目と魔法使いとは離れすぎている。
ああでも、確か抹殺指定の魔法使いと接触するのって結構ヤバイんじゃなかったっけ?

「――――ィル」

だけどせっかく魔法を使えるようになるかもしれない機会を逃すわけにも……

「――リティル!」

うわ、どうすればいいんだ――――!

「アーリティルッ!!」

「うわぁ!!」

気がつくと先生が俺の眼の前にいた。
それも何やら怒った顔で。

「な、何でしょう?」

「何でしょう? じゃない。授業中にボーっとするな。お前もアレをやってみろ、と言ってるんだ」

と先生が親指を立てて教壇を指し示す。
そこには扇風機と、扇風機のコンセントを持った生徒が何かしていた。

「詠唱無しで電気を発生させて扇風機を動かしてみろ。発生させる電気は強くても弱くても駄目、一定の強さを
絶えず流さないといけないから中々難しいぞ」

「はい」

先生に促されて教壇にある扇風機の前に立つ。
コンセントを手に持ち、もう片方の手を広げてコンセントに向ける。
朝の練習の時にエーテルは充分吸収してあるから、体内の魔力残量はまだ余裕がある。
意識を集中させる。
イメージするものは違うが要領は同じだ。
電気が発生するという現実をイメージする。
だけど、その体勢のまま一分が過ぎ、やはり扇風機は動かなかった。

「よし、戻っていいぞアーリティル。頑張ったな」

先生の言葉に返事も頷く事もせず、自分の席に戻る。
座る前に魔法使いの姿を盗み見た。
魔法使いはただ微笑んでいるだけだった。

「おいシー…じゃなくてス、スカラピッチ…少しやってみるか?」

「そうだね。懐かしいなぁ〜、僕も昔はこれに苦労してたっけ」

軽い口調で言いながら魔法使いは扇風機のコンセントを手に取った。
恐らく電気を強く流しすぎる奴が一つくらい扇風機を壊すだろうと思って持ってきていただろう予備の扇風機
の分を含めて計四つのコンセントを。

「よっ、と」

呟くと同時、四つの扇風機がその羽を回す。
さすがは有名な魔法使いだ、あっさりと自分たちにはできなさそうな事をやって見せるとは。
魔法使いはそのまま回転の強弱をバラバラにつけるなど、いろいろやって見せる。

「って、あ」

と。
数分間扇風機を回し続けていたその時、四つのうち一つが煙を吹きながら回転を止めてしまった。

「あちゃ〜壊しちゃったか」

「気にする事はない。元々捨てられる予定だったんだ。その前に生徒の練習に役立って貰おうと思ってな。
まぁいいお手本を見せてやれたし良かったよ」

「それはよかった。って、そろそろ授業終わるね」

胸を撫で下ろした魔法使いは教室の時計を見てコンセントから手を離した。
すると生徒のみんなが誰からでもなく拍手をしだした。
そりゃいくら簡単なことだと言ってもああもいろいろやってくれれば拍手だって起きる。
俺だって何も知らなければ拍手をしてるんだろうけど、如何せん拍手を浴びてる人物が抹殺指定を受けた
有名な魔法使いと知ってしまってるだけに素直に拍手できない。

「おいお前は拍手しないのか? アーリティル」

そしてこいつはそういう場面を見逃さないんだし。
拍手が止んで全員の視線が俺に集中する。
そして俺から少し離れた位置にいるカイトが立ち上がる。

「自分は動かすことができないからって拗ねてるのか?」

「そういうワケじゃねぇよ。俺だって今のはスゴイと思ったし」

「じゃあ拍手くらいしろよ。落ちこぼれなんだから人に取り入るくらいの真似はできるようになった方がいい
だろう?」

「カイト。そこまでにしとかないと私が許さんぞ」

ニヤニヤと俺に嫌味を言ってくるカイトに先生が鋭い声でそう告げた。
一瞬だけ怯んだかのように見えたカイトも、けど先生に言い返す。

「だ、大体先生も先生じゃないですか。できもしない奴にあんな事やらせるなんて。先生だってコイツが
落ちこぼれだって思ってるからあんな事やらせてるんでしょう?」

「違う」

「何も違いませんよ! こうしてみんなの前で辱めるような事させてるってことはコイツを落ちこぼれと
認めてるってことじゃないですか!」

「違うと言っているだろ」

「ああ、もう落ち着いて、落ち着いて」

今にも一触即発しかねない二人の間に立って魔法使いはなだめるように言った。

「そこの君、カイト君だっけ? 陰口しないのは立派だけど、拍手しないからってだけでそこまで言う事はない
んじゃないかい? 彼もスゴイと思ったって言ってくれてるしさ。ルイナも。生徒相手にそんなに怒るなよ。
君が怒ったら誰が止めるんだい? 言っとくけど僕は嫌だよ。怒った君を止めるなんて自殺行為と同等だ」

「………………………」

「―――――――――」

魔法使いの矢継ぎ早な言葉に二人は黙り込んで、カイトはそのまま黙って席に座った。

「生徒相手に怒るつもりはないが仲裁してくれたのには感謝する」

少し照れながら先生は小さな声で呟いた。
それを聞いた魔法使いはどういたしまして、と言いながら苦笑した。

「あ、それでさ。しばらくここに泊まるのはいいけど僕ってどの部屋使えばいいんだい? 空いてる部屋って
ないだろ?」

「ん? ああ、それについては後で言おうと思ってたんだが。アーリティル」

「はい?」

「お前の部屋にアイツを泊めさせてやってくれ」

言葉を一瞬失った。
そして、言葉の意味を理解するのに更に一瞬の時間を費やして―――――

「ええ…っ?」

でてきた言葉はそんな情けない呟きだった。

「ちょうどお前の部屋は他にルームメイトが居ないだろ? 数日間だけだ、頼む」

「え、ええっと構いませんけど」

たどたどしい返事を返す。
というかそうでしか返事できなかった。
話が聞きたかった魔法使いが俺の部屋に泊まる。
願ってもないことじゃないか。

「君のとこなら大丈夫だね。よろしくアーリティル君」

「あ、はい。よろしくお願いします」

口早に言って頭を下げる。
もう相手が抹殺指定の魔法使いだなんてことはどうでもよくなってしまった。
少しでも魔法が使える可能性があるならそれにかけてやる。



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