「さて、きっかりと納得のいく説明をしてくれるか?」

ルイナはそう言ってコーヒーの入ったカップに口をつけた。
あれから誰にも見つからぬように部屋まで戻り、ドアに鍵をかけ、カーテンを閉め切り、念のためにと簡易的な
結界まで張った。
知り合いとは言え、抹殺指定にされている者とこうして話しているなんて厳罰では済まない話である。
むしろもう少し用心したいというのが彼女の本心だった。
だというのに―――――――

「納得のいく説明って言われてもね……追われたから逃げた、じゃ駄目かな?」

部屋にある椅子に座って、彼女と同じくコーヒーを飲む男、シーウェルン=カルク=タスナは緊張など
持ち合わせていなかった。
彼女たちは学院内にある学校での同級生である。

ちなみに。
学院という名称は、魔法使いがその場で己の研究を行うことからつけられたものであり、
設立当初は学校というような施設は存在していない。
魔法使いは基本的に親から子へと受け継がせるものであるから、そんな施設など無くても親が子へ教えれば
いいというのが当時の理由だった。
が、魔法の基本は誰がどう教えようが多少の違いはあれど、ほとんど同じである。
ならば基本を他人に教えさせ、その時間を自分の研究に使った方が合理的なのではないか?
という意見がしだいに広まっていった。
結局その意見を反対する意見も特になく、希望制という形で学校が設立される。
教える期間は十二から十八歳まで。 十二歳からというのは、ちょうどその頃に個人の最大魔力量が決定するからである。
それはともかく。

そんなシーウェルンの様子に慣れているとはいえ、ルイナは苛立ちを覚えた。

「お前は知り合いを危険に巻き込むのにそんな簡単に説明を済ませようと言うのか?」

「いや、本当にそれだけなんだって。この近くまで学院の人に追われてさ、逃げ切るのも難しそうだったから
灯台下暗しってやつでここに隠れようとしただけなんだ」

「相変わらずお前は分かりづらい奴だな。大変な話なのにそうでもないように話したりして」

「そ、そう怒気を含んだ話し方をしないでくれよ。大体相変わらずって点は君だってそうじゃないか。
まぁ、君がここの教師だってのには驚いたけど」

「ふん―――――――どうせ私には似合わないとでも言うんだろう?」

「そんな事ないよ。君は昔から人に教える事が上手だったからね、ピッタリじゃないか」

「な………!?」

穏やかな顔から一変して真顔でそう語る彼の言葉にルイナは焦った。
彼の性格を熟知しているとは言えなくても、少しは知ったつもりでいた彼女からすればその返答は
まったくの不意打ちである。
先程の苛立ちはどこへやら、ルイナは顔が赤くなるのを自覚した。
それを悟られまいと残っているコーヒーを一気に飲み干す。

「でもさ」

「な、なんだ!?」

「お互い元気そうでなによりだ。あ、そういえば挨拶まだだったね。久しぶり、ルイナ」

にこやかに笑いながらそう言うシーウェルン。
それを眺めること数秒。

「…………………………ああ。久しぶり、シーウェルン」

何年ぶりかの挨拶を交わして、やはりこいつは分かりづらい奴だなと、彼女は改めて思った。


■  ――――――――――――――――――――――――  ■


「一体どうしたんだろ?」

「珍しいよな」

なんて言葉が周りから聞こえてくる。
原因は黒板にでかでかと書かれた文字のせいだろう。

“自習”と

ただそう書かれている文字の意味は一つしかない。
が、自習しろと言われてする奴なんてほとんどいるはずもなく、こうして先生はどうしたのだろうかという
話し合いが周囲で行われていた。

「やっぱ朝のアレだよなぁ……」

抹殺指定を受けている魔法使い、シーウェルン=カルク=タスナ
先生とはどうやら知り合いみたいだったし話とかいろいろあるんだろう。
だけど頭にあるのはそんな事じゃなくて、その魔法使いが去り際に言った言葉だ。

『君。魔力を出すのはもう少し身体の力を抜いた方がいいよ』

確かにそう言っていた。
……どういうことだろうか?
俺には魔力が無いということはない。
そもそも魔力が無いなら学校には入れない。
俺が魔法を使えないのは、魔力を用いて現象を引き起こすという過程ができないからだ。
だからこそ、その気になれば子供でもできる初歩中の初歩である詠唱無しでの発火すらできない。
だけどあの魔法使いは俺は魔力を出せていると言っている。
変だ。
もし言っていることが本当なら俺はできていないはずの過程をできていることになる。
だけど炎は出てこなかった。
それとも、俺は知らずのうちに魔力だけを放出していたのだろうか?

「う〜ん…」

掌を眺める。
眺めたからとて、何か分かるわけでもない。
だけど、少しだけ嬉しい。
あの魔法使いが言っていることの意味はよく分からないが、もしかすれば俺にも魔法が使える可能性
があるのかもしれない。

「よぉ、アーリティル」

と、密かな喜びに浸っていたところに声をかけられた。
いつの間にやって来ていたのか、声の主は俺の机の前に立っていた。
背中まである紫色の長髪に紫の眼で長身の男。
同じクラスのカイト=セブンズ。

「何だよカイト」

まぁ、こいつが人を見下すような顔して俺に話しかけてくる時の話の内容は決まってるが。

「いや、魔法の使えない落ちこぼれ君は勉強しなくてもいいのかなぁと思ってさ」

わざわざ“魔法の使えない”を強調して言うあたり、こいつほど典型的に嫌味を言ってくる人間も
いないだろう。

「お心遣いどうも。でも勉強はできるんで大丈夫だ。魔法が使えない分勉強はできるんで」

「へぇ…ま、そうだよな。魔法が使えないんだから普段の勉強くらいしか頑張るものがないよなぁ」

「そういうことだ。それよりお前こそいいのかよ。この間の筆記テストの再テストがあるんだろ?」

「なっ…! 何で……!!」

「先生とその話してるのが偶然聞こえただけだ。なんならその時の会話をここで再現しようか?」

「っ―――――!! ………調子に乗るなよな、落ちこぼれのクセに」

そう言いながらカイトは自分の席へと戻っていった。
これでしばらく大人しくしてくれるならいいんだが、どうせ明日になればまた嫌味を言ってくるんだろうな。
学校に入ってから毎日のように言ってくるから慣れてしまったが、あいつもよく毎日人の嫌味を言えるもんだ。

「ふぅ…」

することも特にないし、せっかくの自習(自由)時間だ。
貪るように眠るとしよう――――――――



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