『魔法使い』
こう呼ばれる存在は昔の大陸には数え切れぬ程いた。
だがその存在を危険視した者達により、魔女狩りと称した魔法使い狩りが歴史の裏側で行われた。
結果として、魔法使いと呼ばれる人間はほとんど絶滅寸前にまで追いやられる。
運良く逃れられた魔法使いは己が魔法使いだという事を隠し、ひっそりと生活していた。
そして現在、魔女狩りなど昔の悲劇の一つと扱われている中で、魔法使いは再び姿を見せ始める。
そう、魔女狩りを逃れた魔法使いは魔法を使わないでこそいたが、魔法を伝えることだけは
していたのである。
しかし、今の社会において魔法という存在は歓迎されるべきものではない。
魔法使いという存在が広まれば現代の魔女狩りが行われても不思議ではない。
そこで数名の魔法使いが協力して魔法使いだけで構成される組織『学院』を造り上げる。
世界に三つだけ造られたそれに魔法使いは自然と集まった。
別名“魔法使いの都市”とも呼ばれるようになったそれはだが地図上には存在しない。
そのうちアメリカに存在する『学院』がこの話の舞台。
主役は日が昇ったばかりの時間に学生寮の裏庭に立っていた。
名前はアーリティル=ハインゼチル。
ツンツンとした赤い髪と同じく赤い眼が情熱的な感じをさせる少年である。
パジャマ姿にサンダルという格好で寝ぼけた頭を必死に起こしながら彼は毎朝の日課を行っていた。
深呼吸をし、右手を前へ突き出す。
意識を集中させて手から炎が出るイメージをする。
それを続ける事五分。
突き出された右手からは何も現れなかった。
■ ―――――――――――――――――――――――― ■
「今日も駄目…か」
突き出した右手を引き戻して掌を眺める。
俺は魔法が使えない。
原因は祖父にあるのだが、まぁいろいろあって俺の家系は父の代から魔法が使えなくなったのだ。
魔法の使えない魔法使いなど普通の人間となにも変わらないのだが、それでも学院に在籍して、こうして
毎日朝と夕方初歩中の初歩な練習をしている。
それを続けていればいつか魔法が使えるようになると信じているのだが、生まれてこのかた成果は無しだ。
「ちょっと自信失くすよなぁ……さすがに」
こうも毎日変化が無いとめげそうになるが、だからどうというわけでもない。
結局は諦めることなどしないのだから。
さて、そろそろ部屋に戻らないと俺の次くらいに早起きな連中と遭遇してしまう。
いや、遭遇するだけなのは別にいいのだがパジャマ姿を見られるのはなんとなくマズイ。
「うん、早く戻ってレーゼスさんにスープでもご馳走になろう」
レーゼスさんというのは食堂のおばちゃんのことである。
学生である俺たちに毎日ステキかつナイスバランスな食事を作ってくれるのだ。
そのうえ気前もいいので学生の中では教師陣を差し置いて慕われるおばちゃんである。
そんなおばちゃんは毎朝スープを飲んでから朝食を作っていて、その時間に食堂に行くとスープをご馳走
してくれる。
そのスープがまた絶品なのだがいかんせんこの時間帯でないとご馳走してくれないので、なかなか飲める
奴はいない。
俺は毎朝この時間に起きるのだが、それでもたまにしかご馳走にならない。
そのたまにというのは今日みたいに何となくめげそうな日である。
めげてしまった精神をおばちゃんのスープで回復させるのだ。
そうと決まれば行動は早いもので足は自分の部屋へと向かい始めた。
と――――――――――――
「あいたっ!」
レンガの塀の向かうから裏庭の一角の茂みに何かが落ちた。
「!!――――――何だ?」
確かに人の声が聞こえたから茂みに落ちたのは人間だ。
ていうかガサガサ揺れる茂みから時々手やら足やらが見える。
謎の人物はしばらくガサガサとしていたが、やがてひょっこりと茂みから顔をだした。
「おかしいなぁ〜ここの茂みってもう少し手入れされてたハズなのに…」
謎の人物は何やらブツブツと言いながら残る手足を茂みから引きずりだした。
その人物は渋めの緑色の髪に、何と言うかキツネみたいな眼をしていた。
どうみても男性で、年は二十代だろうか…?
だけど俺の中で驚くべきなのは不審な人物が侵入してきたということではなく、侵入できたということだった。
この学生寮だけでなく学院内の建物には全て魔法による結界が張られている。
その結界が反応していないということはこの侵入者はそれを破ったということだが、しかし結界が破られた
様子はなかった。
つまり侵入者は結界を破らず、だが感知されずにここまでやって来たということだ。
そんな事教師陣でも難しいというのに侵入者は当たり前のような顔をしてそれをやってのけた。
“あいつはかなりの腕前だ”と本能が告げる。
だけど俺の身体は動こうとしてくれない。
恐怖で動かないのではなく、単純にすごいという尊敬の念で動かない。
侵入者はキョロキョロと左右を見回して、正面にいた俺と眼があった。
「あ――――――」
どちらでもなく呟いて、ようやく俺の身体は当たり前の行動を起こした。
「うわあああああああああああっ!!!?」
「わ、わわわわわ!」
侵入者は大声で叫ぶ俺の口を塞いで、静かにとジェスチャーをする。
「僕は怪しい者じゃないから大丈夫」
思いっきり怪しい侵入者はそう小声で囁いた。
そういう俺の思いが伝わったのか侵入者は何かに気づいたような顔をした。
「怪しくないって言っても説得力がないか。一応僕はここの卒業生なんだ、名前はシーウェルン=カルク=タスナ
っていうんだ」
そして口を塞いでいた手を離し自己紹介しはじめた。
卒業生が何故忍び込むような真似をしてるんだという当然の疑問はあるが、それよりもシーウェルン…?
どこかで聞いたことがあるような気がする。
「誰だ。そこで何をしている?」
と、唐突な声と共に侵入者が両手を挙げた。
その侵入者の背後から一人の女の人が顔を出す。
「先生?」
ボブカットっぽい髪型で薄い紫の髪をした女の人は間違いなく俺の教室の先生だ。
名前はルイナ=カーテライザ。
髪型もそうだが言葉つかいや服装も男性っぽい――――本人曰く「男装した麗人っぽいだろ」だそうだ――――
今は時間のせいかちらりと見える服装は俺と同じくパジャマ姿だった。
たぶん俺の叫び声を聞いて駆けつけてくれたのだろう。
「アーリティルか。大丈夫か?」
「あ…はい、大丈夫です」
俺の返事を聞いて頷くと先生は侵入者へと向き直った。
「まさかこんな時間にこんな場所へ侵入するとはね。ここにはお前が欲しがるような物なんて無いぞ?」
「いや、侵入っていうわけでもないんだけど……っていうかその声に喋り方はルイナかい?」
「何…!? って、まさか――――――!!」
先生は侵入者の肩を掴んで振り向かせ、顔を数秒眺めて信じられないものを見たというような顔をした。
「シーウェルン…?」
「あ、懐かしいなぁ。その呼び方するの君だけだからね」
先生と侵入者は知り合いなのだろうか?
はて、しーうぇる……
「あ!!」
思い出した、聞いたことがあって当然だ。
シーウェルン=カルク=タスナ。
『結界の魔法使い』とか『白い壁』なんてふたつ名で有名な魔法使いじゃないか。
おまけに今は学院を脱退して学院から抹殺指定されてるだとか。
そんな人が何でこんな所に!?
「っ! ええい、ちょっと来い!!」
俺が侵入者が誰であるか気がついたからか、先生は少し慌てて有名な魔法使いを引きずっていった。
そして建物の角を曲がる直前、先生はこちらに振り向いた。
「何でこんな所にいるのか知らないが早く戻れよ。それと…こいつのことは他言無用だ、いいな?」
こいつと言って引きずっている魔法使いを指差す先生に頷く。
先生も俺が頷いたのを見て、頷き部屋へと戻りだした。
先生に引きずられている有名なハズの魔法使いも同じくその姿が見えなくなろうとして、
――――――――――――独り言のように呟いた。
「君。魔力を出すのはもう少し身体の力を抜いた方がいいよ」
その言葉の意味が理解できず、
「は?」
なんて、思いっきり間抜けな声を出してしまった。
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