魔法使いの共通意見として、『召喚』の魔法は使えないというものがある。

その最大の理由は支払う代償と見返りがつり合わないから。
莫大な費用と大量の魔力を支払って呼び出せるのは低級程度のものだけ。
おまけに時間が掛かるため戦闘向きでもない。
だから『召喚』の魔法は存在しないものとして扱われていた。
それを使う者達に関しては言うまでもない。
だが、そんな『召喚』の魔法が得意な魔法系統である魔法使いの家系があった。
その家系は当然のように堕落していった。
しかし、そんな家系の中に、ある魔法使いがいた。
魔法使いは最後まで魔法使いであろうとしていたし、最後まで魔法使いだった。

魔法使いの家系は得意とする魔法系統である『召喚』の魔法をどうしても使えなかった。
使用できないという意味ではなく、使用するほどのものにどうしてもできなかったという意味で。
だからその魔法使いの家系は決して上に立つことはできなかった。
己の家系が得意とする魔法系統以外の魔法をどれだけ会得し修練しようとも、並であることすらできない。
たとえ足がどれだけ速かろうとスタートラインが同じでないどころか離れているのだ。
そんなハンデがあってどうして上に立つことができるだろうか。
故に魔法使いの家系は危険視もされず細々と代を重ねていった。

そのことがその魔法使いにはどうしても我慢できなかった。

己の家系の持つ魔法系統の魔法も扱えずにどうして平気でいられるのか。
何故使えるようにしようと努力しないのか。
魔法使いは憤怒して探した。
自分の家系が得意とする召喚の魔法を扱う方法を。
自分はただ堕落して代を重ねてきた者とは違うと吐き捨てて。
だが、そんな魔法使いもすぐに現実と直面した。

どれだけ試行錯誤してもその魔法は使用価値がない。
そんな結果を出すたびに、自分には無理なのかという考えをねじ伏せる。
だけどねじ伏せるたびに現実は無理という名の壁をより高くして見せつけてきた。
自分では越えられない―――素直にそう感じてもなお魔法使いは諦めなかった。

召喚の魔法を活用して、それでも何も成せなかったと言うのなら素直に堕落も認められる。
だが先代たちはただ堕落という道に逃げただけ。
まだ自分の家系は一度としてハンデなしの勝負をしていないのだ。
諦められるハズがなかった。
だからそれを見つけるのは偶然ではなく必然だったのだろう。
魔女という存在がいなくなった頃の魔法使いが書いたであろうとされる仮説。
見るものはほとんどがすぐに興味を無くし、興味を持った者もしかし誰も実行しなかった仮説。
その仮説を魔法使いはまるで救いの手でも見るかのように見続けた。
事実その魔法使いにとって仮説は救いと言えたのだろう。
これなら壁を越えられると、再び試行錯誤した。
そして完成と呼べる状態まで辿り着いたが、それを確かめるだけの時間が魔法使いには無かった。
あまり魔法使いとして熱意的でなかった息子に形である呪いとも呼べる刻印を刻み、その刻印について
書き残そうと筆を取った。
まともに字も書けない腕を無理に動かしひたすらに書き続ける。
インクが無くなると迷わず指を噛み切り、溢れる血で字を書いた。
迷いは無い。
全ては己の家系のため。
これさえあれば、得意とする魔法系統の魔法さえ使えれば堕落などしなくてもいい。
上に立つこともできるし、無理に他の魔法を会得する時間を有意義に使える。
自分ではここまでしかできなかったが、形を残せただけでもそれは大きな前進だと、そう信じた。
そうして意識などとうに亡くした身体で最後まで資料を書ききって魔法使いは笑い顔で死んだ。

自分のしたことが『愚か者』と呼ばれることになるなんて夢にも思わず。
最後の一瞬まで魔法使いでありながら死んでいった。

だからそれもやっぱり偶然ではなく必然だったのだろう。
残した"形"のきっかけが、遠い昔に書かれ永い時間を過ごした代物ならば、その"形"が結果を叩き出すのも
やはり少しばかりの時間を必要とするのは。
魔法使いの息子に刻まれた刻印はアーリティル=ハインゼチルによってついに結果を叩き出した―――――


最後まで魔法使いでありつづけたその魔法使い。


『愚か者』と呼ばれることになったその魔法使い。


―――――その魔法使いを二度と『愚か者』なんて呼ばせない結果を。


■  ――――――――――――――――――――――――  ■

それはただ通り過ぎる。誰にも止められることなく 」

限界まで魔力を溜めたカイトが詠唱を始める。
だがそれは今までのような圧縮詠唱とは違い普通の詠唱である。

それはただ通り過ぎる。一瞬の認識だけを許して 」

今からカイトが放つ魔法は彼が得意とする複数の魔法系統の中でもかなり珍しいものである。
故に注ぐ魔力は最大。
圧縮詠唱では扱えないものだった。

それはただ通り過ぎる。消えゆく残像を残して 」

便利とされる圧縮詠唱の唯一の難点。
圧縮詠唱は文字通り詠唱を圧縮して脳内に保存しておくことで次から特定の言葉でそれを解凍しすぐに魔法を
発動させるものである。
だがその詠唱は一度使用して発動させたものでないといけない。
つまり、一度録画したものをいつでも再生できるビデオと同じなのである。
だから消費する魔力は毎回同じ。
好きなだけ繰り返せるビデオに払う代価は常に同額。
そのため消費する魔力の量を加減して威力を調整することができない。
常に同じ魔力で同じ効果を発動する利点の落とし穴。
カイトがいかに優れていると言っても、可能な圧縮詠唱は魔力の消費が多くないものに限られる。
今のように大量の魔力を要する魔法の詠唱は圧縮できていない。
その魔法だってアーリティルが動かないでいるからこそ使えるのであって普段ならまず使わない。

それはただ通り過ぎる。それはただの光だから 」

それを使うのはこの一撃で確実にアーリティルを倒してみせるため。
カイトは一息吸って、叫ぶ。

貫け、光の矢よ―――――!! 」

同時に三本の光の矢がアーリティルに向け飛んでいく。
否、それに飛んでいくという程の時間は無い。
それはまさに光。
発生した瞬間、相手に命中している……そんな速さ。
威力は絶大、回避はおよそ不可能。
カイトの渾身の一撃。
それはアーリティルを殺しこそしないだろうが、結界を砕いてさらにダメージを与えるものだった。


そう、そのはず――――――――だった。


一瞬の後に訪れた結果は、かき消された、というものだった。
防がれた、ではなく、かき消された。
カイトは判断する。

アーリティルでは有り得ない。
自分の詠唱さえ聞こえていなかったであろう相手に回避はおろか防御だって不可能。
なにより自分の渾身の一撃をかき消すような魔法を相手は使えない、と。

そう冷静に判断したからこそ、カイトはその現実を認められなかった。
それこそ有り得るはずがないと、そう思う事しかできなかった。
アーリティルの眼の前にいる存在をどうしても認められなかった。
いるのは純白の馬が一頭。
その額には長い角が生えている。
誰に聞いてもこう答えるしかないその存在。

『一角獣』ユニコーンという、その存在。

どうして認めることができるだろうか?
それをアーリティルが召喚しただなんて。
あの、魔法の使えない魔法使いのアーリティルが神話の獣を召喚したなどどうして。

「認められ……る、かっ…!!」

ありったけの怒りを込めて搾り出すように叫ぶ。
だがユニコーンは動じない。
ただ静かにカイトを見つめるだけだった。

■  ――――――――――――――――――――――――  ■

眼を開ける。
襲ってきた光は既に無く、代わりに光とも思えるほどの白さを持ったそれがいた。

『ユニコーン』

神話の中で清らかな乙女とのみ契約をするだとか、その角はあらゆる怪我や病気、果ては呪いまで治すと
言われている幻想の獣。
でもそんなことはどうでもいい。
大切なのは眼の前にいるコイツは俺が召喚したということだ。
刻印が正式に起動して全て理解した俺には分かる。
コイツが本物のユニコーンであるなら清らかな乙女以前に女ですらない俺など攻撃対象でしかないのだろう。
でも違う。
こいつは俺が呼び出したものだ。
ならば乙女だとかなんて問題じゃあない。
眼の前のユニコーンに触れる。
光を思わせる白さの身体は手触りの良い布みたいだ。

「力……貸してくれるか?」

確かめるように聞いた。
返事は無かった。
でも僅かに一度首を縦に振ってくれた、ように見えた。

「……ありがとう。これで、証明してやれる」

祖父が立派な魔法使いだったんだって。
怒りの形相を浮かべているカイトを負けじと睨みつける。
いや、本当はそうしないと倒れそうだったりしている。
さっきまで歪んでいたからなのか、ユニコーンなんてランクの高いものを召喚したからなのか、どっちでもいいが
もの凄く気分が悪い。
ユニコーンの綺麗なほどの白さに心を奪われただとか、チャンスを逃すまいとする意志があってくれているからこそ
平気な顔をしてられるけど、実際は今すぐ吐くだけ吐いてぶっ倒れかねない。
だから時間はかけられない…のだが。

どう命令すればいいのだろうか。

困った、本当に困った。
俺としてはコイツ…正確にはコイツほどのものを召喚できたという魔法の凄ささえ分からせればいいわけで。
が、コイツが俺の理解どおりの存在だとするなら、ヘタな命令をした途端カイトを殺しかねない。
かといって何も命令しないでいればコイツは勝手に反撃行動を取るだろう。
加えて言うならカイトも結構ヤル気満々だったりで、反撃行動のカウントを早めかねない。
カイトは殺さずに、でも凄さは見せないといけない。
少しだけ考えてみて。

「え〜…っと、じゃあ、絶対殺さないでやっつけてくれ…かな?」

それもどうかと思う、のだが多分そのまんま言うのが一番だろうという結論に辿り着いた。
そんな自信無さげな命令だったが、ユニコーンはそれに忠実に反応した。
首を一振りして声を上げる。
それに呼応するように角が輝いて―――


世界が白く染まった。


先程襲ってきた光など贋物に思えるくらいの眩しくない白い光の雷。
この実践所の天井と結界をいとも簡単に貫き、落ちた。
そして衝撃。
空気の振動の波が絶え間なく襲い掛かる。
それに耐えながら白い雷が収束して消え去るのを見届ける。
ユニコーンも綺麗だが、この白い雷も凄く綺麗だ。
雪が一箇所にだけ降ったうえに仄かに光ればこう見えるかもしれない。
そんなことはありえないことだが、だからこそ綺麗に見えた。
やがて白い雷は徐々に消えていき静寂が訪れた。
天井には大穴が空いて、眼の前の地面にはちょっとしたクレーターができている。
そのクレーターの向こう側、穴の手前にはカイトが尻餅をついていた。
表情は怒りではなく、認めたくないけど認めるしかないような複雑そうなものをしている。
誰も何も喋らない。
それはつまり、勝敗は明らかだということだ。

「ありがとう……戻って、いいよ」

そっとユニコーンに呟く。
するとそれに反応してユニコーンは透明になって消えた。
それでも誰も何も喋らない。
とりあえず安堵して。
そこまでがいろんな意味で限界だった。

「ぐ……っ、げええぇぇっ……………!!」

一気に込み上げてくる嘔吐感を我慢できず膝をついて吐いた。
そのまま視界は暗転し浮遊感に包まれて意識が途切れる。
できたことと言えば、左腕の刻印の感覚を感じるくらいだった。



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