カイト=セブンスは眼前の自分と同い年の少年に。
魔法の使えない魔法使いと馬鹿にしていた少年に。


ずっと嫉妬していた。


カイト=セブンスは万能であることを求められた。
正確には万能に至るための実験体だった。
ふつう一つの魔法使いの家系が得意とする魔法系統は一つである。
だがカイトの家系は外の魔法使いを取り入れ、交わった。
得意な魔法系統を複数持つ人間を生み出し万能の魔法使いにするために。
そのために数百年ひたすらに子供を作り続けた。
そしてその途中経過とも言えるのがカイト=セブンスだった。
理論上得意な魔法系統が数十種類あると言われるカイトは家の者の想いどおりその優秀さを見せた。
大抵の魔法なら苦もなく扱って見せるうえに、圧縮詠唱まで使いこなす彼を家の者達は

『今までで最高の“実験体”だ―――――――!!』

と褒め称えた。
その中にはカイトの両親もいた。
それが悲しかったのかと言うとカイト本人にも分からず。
ただ涙が出ないのだから悲しくないのだろう、と自分に言い聞かせていた。

同時に、どれだけ優秀であっても“実験体”以上に見られることがないことだけは否が応でも理解していた。

だから『学院』にはまるで逃げるようにやって来た。
そこで何かが変わったわけでもなく。
自分がいかに優秀であるか思い知っただけだった。
だから何も魔法が使えないという魔法使いがいると知って、すぐに眼がいった。
自分と同い年のその少年は笑いそうになるくらい魔法が何も使えなかった。
だけど笑いそうになるくらい真っ直ぐな眼をしていた。
だから、カイトはきっとアーリティルのことを嫉妬していた。



優秀ではあるが、目指すべきものが何も見えないカイト=セブンスは



出来損ないだが、目指すものを真っ直ぐ見ているアーリティル=ハインゼチルに



ずっと嫉妬していた。



■  ――――――――――――――――――――――――  ■

「…………何だ?」

ただ逃げ回っているようにしか見えない出来損ない――アーリティルにトドメの一撃を放とうとして止まる。
様子がどうもオカシイ。
左手を突き出した状態のままいきなり苦しみだした。
よく見れば眼はほとんど焦点が合ってないし、口からは泡を吹き出している。
一体何をしようとしているんだ?
いや、何をしようとしているかなんて分かりきってる。
この場ですることなどただ一つ。
魔法を使おうとしているに決まっている。
じゃあアレは失敗したせいか?
……そんなことあるはずがない。
魔法は理解した上で使うものだ。
逆に言えば理解してなければ魔法は使えない。
もちろん自分の得意な魔法系統や才能云々もあるが普通はそうだ。
だから魔法に失敗するというのは何も起こらないということだ。
あんな風になるのは発動した魔法の制御に失敗したか何かでないとオカシイ。
なら、何故何も起きない?

「が、がああああっ………!!!」

あるのはただ苦しむ声を出すアーリティルとアーリティルから僅かに出されている魔力だけ。
――――待て。
魔力? 僅かな?
アーリティルが逃げ回りながら魔力を溜めているのは分かっていた。
取り込みの上手さと何よりその量、俺の約八割分はあるのに驚いたくらいだ。
しかもあれが上限だというわけじゃないだろう。
事前に溜めていたであろう分も考えるとすごい量のハズだ。
魔力をそのまま外に出すなんて無駄でしかないが、それが必要な行動だとして、しても変だ。
いちいち小出しで魔力は出すくらいならわざわざ逃げ回ってまで魔力を溜め込まないだろ。
つまりアイツは全開かそれくらい大量の魔力を出している。
それならどうしてアイツが外に出している魔力が僅かにしか感知できない?
今俺が感知できている以外の魔力は


一体どこに消えているっていうんだ?


「………っ」

想像して、導き出した答えはバカみたいなものだ。
だけどそのバカみたいな答えが否定できない。

「あ――――が―――――ぁぁぁ………っ!!!!」

耳に響く叫び声につられてアイツの方を見る。
さっきと何も変わらず口から泡を吹いているし、眼だってついには白眼になっている。
なのに何も見ていないだろうその両眼が真っ直ぐと何かを見ているように、見えた。


―――――気に入らない。


感情のまま攻撃しようと開きかけた口を閉じる。
落ち着くために一度深呼吸し、魔力を溜め始める。
今ならどんな魔法だろうと放てば当たるだろうが万が一もある。
少し勿体無い気もするがとっておきを使う事にした。
次で、確実に終わらせてやる。

■  ――――――――――――――――――――――――  ■

歪んでいる。
眼に見える世界全てと、世界を見ているはずの俺が。
そして前と同じように歪んだ色彩はそのまま歪んで、混ざり合う。
俺の身体も歪んで世界と混ざっていく。

「―――――――ぎ―――ぃ―――――あ―――――――!!!!」

そこでようやく痛みが襲い掛かってきた。
歪んでいる歯をそれでも何とか食いしばって堪える。
だけど全身の痛みは引いてはくれない。
まるで全身をでかい針で滅多刺しにされた上に、その針をぐりぐりと動かされて肉と骨と針が擦れあう
みたいな持続する痛み。
あまりの痛みに眼も閉じたかったが歪んだ眼は閉じる事ができなかった。
とにかく痛みを堪えながら魔力を出し続ける。
その間にもどんどん歪んで混ざり合う。
かくいう俺の身体も半分近く世界と混ざってしまっている。
立っている感覚など無く、空中に浮かんでいるような感じだ。
眼に見える風景の色彩もかなり滅茶苦茶で、全ての色の絵の具を適当に撒き散らしたみたいか、そっち
の方がまともに見えるくらいになっている。
その風景の中、蛇みたいにうねっている左手が肌色から赤色に変色した。
前もそんなことになったと歪んだ頭で考えていると、これも前みたいに言葉が頭に響いてきた。
でも、歪んだ頭はやっぱりその言葉を理解できない。

いや…そんなことより早く魔力を外に出しきってしまわな――い、と。
このままじゃ身体全部が世界と混ざってしまう。
それだけでなく意識だって歪んでしまうかもしれない。
もっとも意識に関しては、痛い、痛い、先に、痛すぎる、途切れるか、いつまでも誤魔化せない、狂って
しまうかも、痛い、しれないがあああああああああああああっ!!!!!!

「――――――――――――――は―――――――ぁ―――――――がっ! ぐ! ぅ―――――――!!」

歪んだ身体は声も、駄目だ、うまく出せないでいる、痛い。
魔力はまだ半分も、何で、出ていない、もっと早く、早く!
ああ、痛い、でも、魔力を出すのに集中したら、痛い、堪えることが、ヤメテクレ、で、き、ない。
……それは変じゃないか、痛い、だって、ヤメロ、身体は歪んで混ざってるのに、肉が、何で、骨が、こんなにも
痛みを、全てが痛い、感じるんだ。
もしかして身体が歪んでいるように思うのは、イタイ、錯覚なの、イタイ、か、どうでもいい、まだ
なのか、どうでもいいからこの痛みをどうにかしてくれ!!
あと数秒も耐えられない、もう、駄目だ、意識が、途切れる、駄目だ、保て、途切れる、痛い、とぎれ――――

「――――――!!」

―――歪んだ耳が何かを聞いた。

意識が、痛い、戻る。
確かに聞こえた、痛い、ソレを歪んだ頭が、イタイ、理解できない。
でも、それはよく聞いたことのある言葉と声。

「――――――!!」

また、聞こえた。
やはり理解できないけど、聞いたことのある―――


『アーリティル』と呼ぶ先生の、声。


声が聞こえる方に振り向こうとして、イタイ、やめた。
どうせ歪みきったこの視界じゃ、イタイ、先生の顔どころか、イタイ、姿だって見えない。
にしても、痛い、無理しないでいい、いたい、って、イタイ、言った、の、に。
またきっと、だから痛い、辛そうな顔を、痛いんだ、するくせに。
でも、くそっ、おかげで気合が入った、いや、入れられた。

「ぐぎ――――――――――――ぃ――――――!!!」

気合を入れられて意識がハッキリしたせいで、痛みをより酷く感じる。
だからどうした。
耐えろ。
耐えろ耐えろ。
そうだ、自分で分かってたことだろ。
これでうまくいくなんて限らない。
そんなの分かってたことだ。
だからせめて、成功でも失敗でもいい、だから、そのどちらかの結果を出すまででいい。
それまででいいから、耐えろ、堪えろ。
それまでに意識を失うなんて、気が狂うなんて、できるわけない。
でなきゃ、先生に叫ばせたことを無駄にしてしまうじゃないか―――!!

「―――――――――か―――――――――は――――――――――――――――――あ!!!!!」

世界は天地が逆さまになるくらいに歪んでいるし、身体だってもうほとんどが歪んで、混ざっている。
きっと内臓だってぐにゃぐにゃで凄い事になっているに違いない。
そのせいなのか痛みは酷さを増していく。
歪んだ世界と混ざっている身体のどこが痛むのか分からないけど痛い。
だけど、まだ、耐えないと、いけない。
魔力は残り半分を切った。
まだ、折り返し地点、なんだから。



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