水の触手が首を、身体を吹き飛ばそうと襲ってくる。
 だけど、それに注意する暇はない。
 片膝を地面についてある程度身体を固定させた状態で迫る水の触手全てを避けるのは無理だ。

 だから、本当に一瞬。
 水の触手が俺に当たるまでが勝負。

 もうそれしか見えないくらいに集中する。
 そして、僅かに震える指先で引き金を続けて2回、引く。
 撃ち出された弾丸は水の触手とまだちらほらと残っている木々の間を通り抜けて狙いへと迫る。
 その間にも、水の触手はどうしようもなく眼の前までやってきて――――

 触れるか触れないかの距離で水の触手は動きを止めた。

「そん、な――!?」

 No:11が驚きの声で自分の手元を見つめる。
 枝分かれして川と水球に繋がっている細い部分。
 棒から伸びてすぐのところが俺の銃弾で千切れている。

 さっきのNo:11と12との戦闘。
 1度だけ銃弾で水の鞭を千切ったとき。
 棒に繋がる方はそのままだったが、千切れた方はそのまま地面に落ちて元の水のように広がった。
 つまりあの水の鞭は棒――魔具――に繋がってないと操作できない。
 それがあの魔具の弱点で、そこが俺の狙える勝機…!!

 いくらドでかい水球だろうが、水の触手だろうが、その元が銃弾で千切れるほどの細さならそこを狙えばいい。
 そうして狙い通りにその細い部分を千切られた水は操作できなくなって、俺への攻撃も止まった。

「くっ」

 No:11が上を見上げる。
 そこには言うまでもない、制御を失くした水球が落ちてきている最中。
 同時に結構地面に近かった水の触手もザバン、と音を立てて地面に落ちていく。
 それらを見ながら、No:11の手元が動くのと同時に3回目の引き金を引く。
 そのまま、No:11に向かって走り出す。

 No:11が再び水球に接続しようと水の鞭を伸ばすが、俺が撃った弾丸がそれを邪魔する。
 邪魔できるのは一瞬でしかないだろうけど、その一瞬後にはもう間に合わない。



 水球が、荒波のような音と共にNo:11に落ちた。



 No:11からすれば滝に打たれるようなもんだ。
 そんな状況で水の鞭を操るほどの精神集中は難しいはず。
 水が全て落ちきり、後にはずぶ濡れのNo:11がいる。
 腕を頭の上で交差させ、膝をついてしまっているNo:11の手の中、魔具を狙って4回目の引き金を引く。
 銃弾は魔具に命中し、その衝撃でNo:11の手の中から弾け跳んだ。
 すぐさま宙を跳ぶ魔具を狙って5回目の引き金を引いた。
 魔具は跳ぶ軌道を変えてポチャン、と小石でも投げ入れたかと思うような音をたてて川へ落ちる。
 そうして、No:11が腕に走る衝撃に顔をしかめながら顔を上げる時には、俺が銃口をNo:11の額に突きつけている。

「ハッ、ハッ、さ、あ、どうする、?」

「……その身体であの命中精度。いや、私が障害物をなぎ倒したせいで命中率を上げてしまったんですね。失敗しました。
ですけどカリム=ウォーレン。その質問は間違いです。この後どうするかを決めるのはあなたですよ。私の頭を撃ち抜いて
殺すのか、それとも放って置くのか。あなたが決めることです」

 No:11はそう言って笑う。
 くそったれだ、こっちに余裕がないのを分かってて言ってやがる。
 おまけに言ってることは結構正しい。
 これから先、アイツを助けようとするなら、こんな戦闘はいくらでもあるだろう。
 その度に相手に死にたいかどうかなんて聞くのはバカな行為だ。

「迷わず殺すくらいで当然なんだけど、ハァ、なぁ」

「なら、そうすればいいではないですか」

「だけどアイツは、平気で人を殺したりしたら、ハァ、いい顔はしないだろーと、思うんだよ」

 俺のそんなくだらない呟きにNo:11はくだらない、という顔をした。
 今ので俺がまだファムを助けようと思っていることを理解したんだろう。

「私はNo:9、ファム=レイグナーのことをそれほど知っているわけではないですが、彼女は世界の敵になりうるんですよ?
どうして助けようなんて思えるんです? それとも…カリム=ウォーレン。あなたはまさか世界よりも彼女の方が大切だ、と
言うつもりですか?」

「別にそんな、ハァ、恥ずかしいこと言うつもりは、ねぇよ。ただ、世界の敵、だとかそんな風に言われてもさ、困るんだよ」

「困る? 何が困ると言うんです? 彼女が犠牲になるだけで世界は平和なままでいられる。考えるまでもないでしょう」

「いやー、俺も最近ようやく気がついた、んだけどな。逃げ出して、『何でも屋』なんてやって、結構楽しくてハチャメチャな
日常だった、けどさ、アイツのことは頭の隅に一応、あったんだよ。それはつまり、そーゆーことだろ?」

「? 何が、そういうことなんです?」

 No:11が不思議そうに聞いてくる。
 少し呼吸を整えて、答えてやる。

「俺にとっての『世界』ってのはアイツの存在が当たり前、ってことだよ」

 別にアイツが好きだとか、愛してるとかそういうんじゃあない。
 けど、その感情がどこまで本当か、とか難しい話は置いといて、誰だって1人はいるはずだ。
 こいつはここにいて当たり前だ、って奴がいるはずだ。
 他人がどうなのかは知らないが、俺には確かにいる。
 アイツだけじゃない、外に出て何だかんだで関わった奴とか、年数に関係なく何人かいる。

「世界がどうにでもなれと思ってるわけじゃない。けど、守る世界にいて当然の奴がいないんじゃあ守る意味がないだろ?
それに、俺はアイツに謝ってない。何となく有耶無耶になってるけど、謝っても普通に許してくれそうだけど、それでも
ちゃんと謝ってないうちには諦めるわけにはいかねえ」

「………充分恥ずかしいことを言っていると思いますけど?」

「うるせぇよ」

 顔を背けたくなるのを必死に堪えながら答える。
 くそ、恥ずかしいことくらい分かってるってんだ。

「そんなわけで、そう簡単に殺す、とか言えないんで。退いてくれ」

「確かに魔具も無いですしね。でも、いくら有利だからって少しお喋りしすぎですよ? カリム=ウォーレン!」

 ほとんど条件反射で上体を反らす。
 そのすぐ後、顔面スレスレに下から上へ何かが通り過ぎた。
 慌てて意識をNo:11に戻すと、足で銃を蹴飛ばされ、どこから出したのか刀身の細いナイフを俺の心臓に突き刺そうと
している。
 その様子を両眼はしっかりと見ているのに、不意の一撃に上体を反らして精一杯の身体はどうしたって反応できない。
 確実に殺される―――!

「そこまでにしてもらおうか」

 だけど、そうはならなかった。
 No:11の隣に現れたヴォルスが、俺に刺さろうとしていたナイフを左手で掴んで止めている。
 ヴォルスは姿勢も、視線すら変えずそのまま淡々とNo:11に語る。

「退け。向こうに小僧も転がっているが少々手荒くなった、あのままだと失血死する。早く手当てしてやれ。
それとも、小僧を見捨てて戦おうと言うなら私が相手だ。殺しはせん。だが覚悟しろ」

「…っ。分が悪いです、ね。分かりました、退きます」

 本気でそう判断したらしくあっさりナイフから手を放し、No:11はNo:12がいるだろう方へと走っていく。
 俺もヴォルスもそれを黙って見送った。


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