「どうした、それが限界でもないだろう?」

 起き上がったまま動かない先生に呼びかける。
 昔自分の体に施した仕掛けをギリギリの狭間で思い出し
一か八かでそれを試したというのに、これではあっさりしすぎている。

「もちろん今の貴様を越えることは可能だ。だが私は他の仲間と違い欠陥品でね、能力に制限がある。
これ以上身体能力を上げると骨と筋肉が追いつかない」

 両腕が折れているというのに器用に立ち上がり先生が笑う。
 それに合わせてこちらも魔法を解いた。
 本当にあっさり終わってしまったことは気にしないようにして銃を構える。

 俺はこいつを許さない。

 今この場で―――――――――殺す。

「………死ね」

「私を殺すのは勝手だがな……それで貴様はどうする? ファム=レイグナーが天魔となる事実は
変わらないぞ」

「何だと?」

「よく考えろ。天魔が自分の体となる者に対し何もしないでおくと思ったのか? 既に彼女の肉体には
天魔による保護がなされている。思い出せ、彼女は本当に死んでいたか?」

「な―――――――」

 ファムは確かに死んだ。

 だって心臓を撃たれたんだぞ? あれで死んでいない方がどうかして―――――――

心臓?

 ちょっと…………待て。

 思い出した光景と記憶を照らし合わせる。

 確かにファムは心臓を撃たれた。

でも血は出ていなかった。

 心臓を撃たれて出血しないなんてありえない。

「じゃあ、ファムは生きているってのか?」

 震える声で聞く。

「仮死状態といったとこだ。そうすることで彼女に結界をかけやすくした」

「それなら気絶させるだけでもいいだろう?」

「それでは意識が戻った時に効果が弱まる」

「だけどその結界が必ず効く保証はあるのか?」

「無論あると言い切ることはできん。だが、それでもしないよりはマシだ。カリム、もう1度だけ
考え直せ……できることなら仲間になってもらいたい」

 真剣な眼差しでこちらを見てくる先生。
 追い討ちをかけるようにさらに一言

「結果としてはファム=レイグナーを助けるためでもあるんだぞ?」

 その一言に心が酷く揺れる。
 あんなに殺すと決意していたはずなのに――――
銃を持つ手に力が入らない。

 ファムのため

 なら迷う必要なんてない。

 だけど―――――

「やっぱり駄目だ。俺はあんた達の仲間にはなれない」

「どうしてだ? ファム=レイグナーのことがどうでもいいわけではあるまい」

「ああ、そんなの当たり前に決まってる」

 だけど駄目だ。
 駄目なんだ―――――

「仕事の件であんたに騙されて1つだけ思い出したことがある」

「何だ、それは?」

「あんたが人を騙す時は必ず真剣な眼をするんだ。昔教室のみんなで言ってた」

 そう今真剣な眼差しをしている先生は信用できない。
 言葉自体に嘘がないとしても結果として騙されることになるのがこの人の嘘だ。

「どうあっても貴様は敵か。まさかそんなことで見破られるとはな」

「ああ。ファムの事は自力で何とかしてみせるさ」

「無理だ。お前はここで死ぬ」

 両腕が折れて、能力で俺に負けているのにどこからそんな自信が湧いてくるのか――――
銃を構え直そうと少して一瞬集中が途切れる。

 その瞬間に先生の背後の闇夜から小型のナイフが飛んできた。

 完全に不意をつくタイミングで飛んできたそれは4つ。

 避ける事もできず両肩と腹部にそれが刺さるのを許してしまう。

「ぐ…あ……」

 そのまま後ずさりしてフェンスに寄りかかる。
 だが寄りかかったフェンスは俺の体重を支えてはくれなかった。
 いや、違う、フェンスそのものが無かった。

 しまった……!!

 この建物は崖に面していて不思議なことに崖の方にだけフェンスが張られていないのだ。

 傾いた体はそのまま万有引力の法則に従い落下する。

 怪我のショックと、落下の感覚

 それらのせいで一瞬、本当に一瞬気を失った。

 だがそれは先生の姿を見えなくするのには充分な時間だった。


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