「な……」

 何が起こったのだろう?
 樹の根が生えて男たちを絞め殺した。
 ただそれだけだ。
 だというのに俺の頭はそれをうまく考えられないでいる。
 俺の眼に映るのは

床に広がる血の海と

その奥に座り込んで恐怖するエリナ

そのエリナを落ち着かせようとするセフィ

 だけど何より惹かれたのは――

エリナの緑の眼

"感染者"である証でもある眼

 その眼を見て俺は1つの考えが頭に浮かんだ。
 俺は感染者。
 そして『銃魔法』なんて不思議な能力が使える。
 彼女も感染者。
 なら――――――
どうして彼女に何の能力も無いと言い切れる?

「駄目だっ!!」

 叫ぶ。半ばヤケクソになった感じで叫ぶ。
 エリナは眼の前の樹の根が絞め殺した無残な死体を見ていて
 その顔は恐怖に支配されている。
 今この瞬間にでも何かが弾けてしまいそうな、そんな危うさを感じる顔。
 その顔を見てさらに強く叫んだ。

「駄目だっ!!! 落ち着けっ!!!!」

 だが彼女にはそんな俺の声など聞こえないみたいだった。
 床に広がった血はエリナのいる場所まで広り、彼女の膝を赤く染めた。
 そしてそれが…彼女の中で何かが弾ける引き金になった。

――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!

 無言の叫びと言うわけではない。
 確かに彼女は壊れたかのように叫んでいた。
 だがその叫びは同時に起きた振動によってかき消された。

◇◇-------------------------------------------------◇◇

ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ……!!!

「む……?」

 突如起きた振動に思わず疑問符が浮かぶ。
 先日どこぞの誰か――――
恐らく"ジックロウサー"の者だろう
 が、結界に弾き飛ばされた時でさえこんなに振動することはなかった。
 もとよりこの私の周囲に張られた結界を破ることはもちろん
振動させるということは並大抵の力では不可能だ。
 だが現に結界は今なお振動している。
 つまりそれ程の何かがこの森で起きたということだ。
 その時ふと、声が聞こえた気がした。
 ひどく小さな声で、たった一言―――
「たすけて」と。
 空耳だったかもしれないがその台詞を言う人物には心当たりがある。

「エリナ……!」

 すぐさま結界を解いて、エリナがいるであろう地点を見る。

「翔べ」

 呟きと共に始祖魔法使いは姿を消した。

◇◇-------------------------------------------------◇◇

 村人の何人かは慌てて逃げ出そうとしている。
 が、そんなことはどうでもいい
問題はエリナの能力で起きた現象だ。
 あちこちの樹が……このぶんだと下手すればこの森全体だろうか?
ともかく樹がいきなり伸びた。
 エリナの家も地面から突如生え出した樹に持ち上げられて―――

「きゃあああああ〜!!」

 セフィが家から転がり落ちた。

 落下してきた彼女を受け止める。

「あ…ありがとうございまふ〜」

 眼を回しているセフィを地面に下ろして辺りを見回すと
そこは既に昨日見た風景などではなく、まったくの別世界だった。
 今も伸び続ける樹はもう太陽も見えないくらいにまで達している。
 さらに、伸びた樹のいたる所から枝が生え、葉が生い茂る。
 その枝のいくつかが俺たちに向かって勢いよく襲い掛かる

「白の契約によりうまれし剣!!」

 枝に命中した弾丸は光球となり枝を消し去る。
 そのまま光球は何本かの光の刃へと変化し樹を貫く。
 だが樹は何の問題もないと言うかのように穴を再生させた。

「何だってんだクソ―――――!?」

グイッ
 と足を引っ張られる。
 見れば普通の人間の腕の太さはあるだろう樹の根が俺の足に巻きついていた。

「く…っそぉっ!!!」

 思いっきり足を引っ張るがビクともしない、むしろどんどん引っ張られている。

「カリム!」

 俺の状態に気がついたデニスがすぐに漆黒の大剣で枝を斬る。

「助かった…にしても下からもなんてアリかよ?」

「それよりどうするんだ? 俺たちではこんなの相手にできんぞ」

「かと言って逃げればああなるぜ?」

 と村人たちの逃げたほうを指差す。
 そこにはまるで樹に飲み込まれたかのような変わり果てた姿の村人がいた。

「むぅ…しかし俺たちも長くは持たないぞ」

「わかってる。セフィ」

「はい〜?」

「転移の魔法とかで脱出できないか?」

「さすがに3人は辛いです〜」

「そうか…」

 この状況でのほほんとしてるセフィを尊敬しつつ、また樹の方へ向きを変える。
 枝はあちこちから伸びて、どこからでも俺たちを狙える。
 だが向こうは時間をかけたくないらしい―――
全方位から襲い掛かってきた。

滅せよ!

 始めは何なのかわからなかったが、変化はすぐだった。
 俺たちを襲ってきた枝がピタリと止まり、ボロボロと自崩した。
 それは枝を伝わって樹まで広まり、さらにその樹から近くの樹へと広まって
結果として半径500mくらいまでの樹が自崩した。
 俺は慌てて声の聞こえた方を見た。
 そこに立っていたのは1人のおっさんだった。
 そいつはこちらを見るなり一言

「貴様らエリナに何をした」

 なんて聞いてきた


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