その日、夜の街には珍しく雨が降っていた。
 まるで止むことを知らない涙のように…



「ふぅ…」
 街の入り口まで来て、俺はため息をついた。
 小さい頃に孤児として引き取られ長い間暮らしてきた街を今日出て行く。
 別に悲しいわけじゃない。ただ、今になってようやく俺は街を「出て行く」のだと実感した。
「…ふぅ」
 誰にも言わず出て行くのだし、それでなくても今は真夜中。見知った顔などいるはずもなく
最初とは別、俺自身を動かすためもう一度ため息をついた。
 そして、声はそれと同時だった。

「……ムッ!!」

 雨のせいで最後の方しか聞こえなかったが、俺の動きを止めるには充分だった。
 なるべく何の感情も見せず振り向くと、声の主である妹が肩で息をしながら立っていた。
 といっても本当の妹ではない。
 俺と同じ孤児で俺に懐いていて、妹のような存在として俺が認識しているというだけだ。

 よほど焦っていたのだろう。よく見れば妹はパジャマのまま傘も差ささないでいた。
 ……その割に同じく傘を差してない俺よりも濡れてないのは何でだ?
 などとかなり場違いなことを考えていたら妹が口を開いた。

「出てくの?」

「…ああ、みんなにもヨロシク言っといてくれ」

「その眼のせい?」

 その眼。妹がまっすぐ見つめる俺の眼。この……緑色の眼。
 それ以上眼を見せるのは嫌なので、似合わないが持っていたサングラスをかけた。
 そして、それを肯定とした。
 妹は不意に顔を曇らせ、俯いてしまった。
 茶色の眼に、それより少し薄い茶色の髪。俺より一回り小さくて華奢な体。
 その華奢な体が寒さか、俺を引き止められない自分を悔やんでか…恐らく後者だろう。
 僅かに震えていた。
 そのまま妹に近づき頭を撫でた。少し震えが止まったようだったが、俯いたままだった。

「じゃあ、元気でな」

 その言葉だけかけて、妹に背を向け歩き出した。
 しばらくして妹の声が聞こえた。

「…なんでっ!!?」

「…みん…な…信…てっ…ない…の?」

「なん…で…一人で…かっ…て…に…っ」


 他にもいろいろ言っていたようだが後の言葉は急に声のトーンが落ちて聞こえなかった。
 泣いているようだった。

「…ふぅ…」

 三度目のため息をついた。先の二回とは違う、俺を振り返らせないための。
 俺を突き動かし続けるための。今まであった「当然」を捨て去るための。
 そして…俺という「存在」を別のものに変えるための……



 その日、夜の街には珍しく雨が降っていた。
 まるで止むことを知らない涙のように…



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