0:A Predecessor's Predecessor /

人の悲鳴が聞こえる。
それでもなお眼の前の武装した人たちは次々前方のソレに挑んでいく。
私はただそれを眺めている。
一瞬のチャンスを待ちながら眺めている。
年老いた身体はろくに動かない。それに手にしている魔剣はその年老いた身体の残り少ない生命を奪うものだ。
だからこそ余計に動かず、じっと待ち続ける。
流れる時間は一瞬で。感じる時間は永遠と思える程で。
どれだけ待ったのだろうか。
一秒?それとも一時間?
ただ待ち続ける。
悲鳴は遠くからも近くからも聞こえる。
そして視界にソレを捕らえた。今回はどうやら人の形をしているらしい。何の皮肉だろうか。
いつでも動き出せるように準備する。
ソレのただ撫でるような腕の動きはでもどんな刃物よりも鋭く人を切り裂く。
降り出した赤い雨の暖かさを感じつつ、待ち続けた。
そして、ソレが背を向ける。一気に駆け出した。
手にした魔剣を振り上げる。ソレがこちらに気がついた。
手にした魔剣を振り下ろす。ありったけの力と、生命を使って、振り下ろす。
ソレは胴体を斜めに斬られ倒れた。
およそ三千とこの老人一人の命。それらが失われて、今回のソレは止まった。
これでおよそ五年は平和になる。
視界は真っ暗で、身体の感覚は無くなった。
そんな自分が死に到達する前に、一つだけ告げた。
「――――――――――――――――」
出て行く前に彼に告げた言葉。
死ぬ前に誰かに告げた。




Prologue /

昔ある所に栄えた一つの国があった。
広大な土地に何十――――何百万の人々が集う国。
その国の王にして、一人の研究家である男は民と共に『向こう側』へと続く道を探し、研究した。
そして数十年という年月を費やし男はついに『向こう側』への扉を開いた――――





「汝、何かを得たくばそれに見合う代償を支払え」





その原始的で、でも変わることのない考えは男たちが開いた扉もまたしかり。
『向こう側』と世界を繋ぐ『扉』から現れたソレは男たちの研究とそれにかかった年月だけでなく
何十――――何百万の人々の血肉とそれらの人々が住んでいた土地を持っていった。



後には何も残らず―――――――



その日、栄えていた国は滅んだ。





それは昔話。
後に一つの逸話を生み出した、昔話。



1:Woman Came Outside /

「外から女が来たぁ?」
決してイタズラに人を騙さないことが美点とも言える親友は頷いた。
生まれついてここに住んでいるのだから、ここがどこかは言うまでもあるまい。 そんな当たり前すぎる知識があってなお頷けるんだから親友の言う事はあながち嘘ではないらしい。
だが、それがどうしたというのだろうか。特に興味は無い。
「ま、本当でも嘘でもいいけどさ。べつに」
それだけ言ってまだ何か言いたげな親友と別れる。それが何か嫌な予感をさせた。

        ■          ■          ■          ■        

「お帰りなさい」
自分の家に帰った。そこには見た事のない女が一人、立っていた。
「どうしました?」
「あー……あんた、誰?」
何を聞こうか迷って、一番まともそうな質問をする。答えは返事を待たずとも予想ができたが。
「外から来た女……で分かりますか?」
「オーケー。で、何でここに?」
「私はただ案内されただけですので分かりません」
頭痛がした。話題があっても自分に興味の無いものが、突然眼の前に現れるというある種のダメージが
その程度で済んだのはむしろ不幸にさえ思えた。
「それで…何故私はここに連れて来られたのでしょうか?」
疑問符を浮かべている女に、できるなら告げたくないが、告げる。
「異常かどうか判断に困るものはそれをどうにかできる奴のところに置いておこうってことだろ」
「私が異常だと…言うんですか?」
心外だという顔で女は睨みつけてくる。だが、外にいた人間が異常でないと誰も断言できないのから仕方ない。
「俺に言うな。しばらくは一緒に暮らすんだ、仲良くいこうぜ」
「あなたと?」
「悪いが不満その他もろともは却下だ。言うだけ無駄だし」
「いえ…そうではなくて―――」
女はそこで少し悩んだようだが、すぐに口を開いた。
「あなたは異常な存在をどうにかできる人なんですか?」
疑問の視線を無視しながら、当時知人に話した時に先程の親友しか信じてくれなかったことを口にした。
「俺は――――魔剣使いだ」
女の反応を見るより先に、そんなことを聞くということは少しは自分を異常と思ってるんじゃないのか
という考えが浮かんだが、女はただ微笑んでいるだけだった。
何と言うか脱力するしかなかった。




2:Strangeness ・ Gate ・ Other side /

女と一緒に暮らして二ヶ月が過ぎた。
わかった事はこの女は果てしなく常識外れということだ。
掃除をさせた。雑巾を見て「何ですか、これは?」と聞かれた。
洗濯をさせた。不思議な顔で「何故衣服を洗うんですか?」と聞かれた。
料理をさせた。スパゲティを作らせたはずがゼリーを出された。
「もしかしてあんた記憶喪失とかってやつか?」
ここまでくるとそうとしか思えない。でなけりゃこの女は今まで外でどう生活していたのか疑問だ。
「別にそんな事は……ところで前から聞きたかったんですけど何で皆さんこんなとこに住んでいるんですか?」
「いや…やっぱ記憶喪失だろう、あんた」
そのせいで外を彷徨ってたとか、だろう。多分。なら今までのことも納得できないでもない。
「俺らがここで暮らしてるのは『未知』のせいだよ」
「『未知』?」
「どっかの馬鹿が開いちまった『向こう側』に繋がる『扉』から現れたもんだ」
「それが人を襲うんですか?」
「そういう時もあるし、そうでない時もある。でも奴に襲われて生き残ったとこは無かったからな。
人々は協力してここを作り上げ、地上の人間全てをここで暮らさせたんだ」
「でも、『未知』はここにだって近かづいたりするのでは?」
「だからそれをどうにかするために『魔剣』があって、魔剣使いがいる」
「確かあなたもそうなんですよね?」
「ああ。ほら、これがその『魔剣』だ」
腰にぶら下げているそれを手に取り女に見せる。
刀身の無い黒一色のそれを見た女は意外なことを口にした。
「それ、見たことある気がします」
「これを? ってことはあんた『未知』と魔剣使い達が戦うの見たことがあるのか」
「それは違うんですけど……でも見たことあるような気がするんです」
女が首を傾げる。傾げたいのは俺の方なんだが、記憶が戻るきっかけになるかもしれないものがあっただけ
でもまだよかったと思うべきだろう。
「記憶はあわてず戻るのを待てばいいさ」
「ですから別に私は……あ!」
「何だ? 何か思い出したのか?」
「お鍋の火を点けたままでした!!」
女は慌てながら台所へと走っていった。
「はぁ…」
ため息が自然に漏れる。台所から女の叫び声が聞こえた。




3:End Of Short Life  /

さらに一月が過ぎた。
女も慣れてきたのか掃除と洗濯は普通にできるようになった。料理は相変わらずだが、それは俺の舌が
慣れてしまったらしい。
そんな生活が続いたある日、『未知』がこちらに向かってきているとのことで呼び出しをくらった。
何でも今回の『未知』は大型の肉食獣の形らしい。
「行くんですか? 無駄なのに」
「無駄ってのはないだろ」
ブーツを履こうとしていた手を止めて背後の女に振り返る。女はじっと見つめてきた。
「じゃあ聞きますけど、何でいつまでも『未知』がいるんです? 魔剣があるのに」
「それは…魔剣じゃせいぜいしばらくの間の活動停止が精一杯で殺す事ができないからだ」
「そうです。魔剣じゃ『未知』は殺せません」
「まるで『未知』を知ってるみたいな事言うんだな。記憶が戻ったのか?」
女はしばらく黙ったままだったが、意を決したように口を開いた。
「私は………あなた方の言う『未知』の一部です」
「は?」
「黙っていてすいません」
「ま、いいけどさ。でも何でまた『未知』がこんな普通の人の姿してこんな所に?」
「……信じるんですか?」
「こんな時に嘘なんか言わないだろ? それにあんたが『未知』だろうがどうでもいいさ。で?
一体どういうことだ?」
「『国殺し』の仕業です」
「『扉』を開いて『向こう側』に辿り着いた張本人の?」
「ええ。そもそも『未知』は『国殺し』が『向こう側』に辿り着いて"絶対"という存在になってしまった
からバランスを取るために生まれたものです。『扉』が開いたままなのはこの世界が『国殺し』の"絶対"と
『未知』の"常時不確定"という存在があるためです。逆に言えばこの二つの存在が『向こう側』に行けば
『扉』は閉じます。でも自身の身を守ろうとした『国殺し』は活動を停止していた『未知』の一部を使って
"常時不確定"そのものを乱そうとした」
「で、その際にあんたが生まれたわけだ」
「はい。不確定なものをきちんとした形にしてしまえばそれは確定になってしまうから不確定が確定している
という矛盾が発生して混乱すると考えたんでしょう。でも私は切り離された」
「はぁ、なるほどね。でも……そうか、確かにそれじゃ魔剣で『未知』は殺せないな」
「ですから行っても無駄です」
「それでも行かないといけないんだ」
「どうしてです? 魔剣で活動を停止させられるのは約五年。たった五年のために命を使うんですか?」
女の言葉を無視してドアを開く。そして振り向かないまま告げてやった。
「たった五年じゃなくて五年ものためにさ。人が五年で得られるものは多いんだ」
「そんなの……ただ誤魔化してるだけですっ……!」
「あんたはさ『未知』じゃなくてもう人間みたいなもんなんだろ?」
「え、ええ………それが?」
「じゃあ五年の間に何かを得てみな。じゃあな」
ドアを閉めて走り出す。うけうりの言葉は彼女に何かを伝えられただろうか。
きっと何も伝わっていないだろう、今は。だが、これから五年の間にきっとその言葉は伝わってくれるはずだ。
俺のように。
なら俺が命を使うことは決して無駄ではない。
それで……それだけで走る足が早くなるには充分だった。




4:Grandfather /


「じいさん」と呼べる人がいた。俺と同じ魔剣使いだった人。
『未知』のせいで一人になった俺はシェルターにやって来て、生きるためにはどんな汚いことでもやらないと
いけないんだということを子供心に理解した。
それからはもう何でもやった。ただ生き抜くために。そんな俺がじいさんと出会ったのは何時の頃だったか。
「貴様らがどんな生き方をしようが勝手じゃが、それが本当の生き方か?」
初めて聞いたじいさんの言葉に当時つるんでいた仲間は笑っていたが、俺はそんな言葉に胸を打たれた。自分の本当の
生き方なんて知らなかったから。だから、俺はじいさんの家まで追いかけた。
「俺に生き方を教えろ」
じいさんは一度だけ俺を見て覚悟しろ、と言った。その日から俺はじいさんの家に居候した。
じいさんは覚悟しろ、と言ったわりに俺に真面目な仕事をさせる以外は何もしなかった。本当に何も。
家の中で互いに会話することなどなく。 俺が話す言葉は「いってくる」と「ただいま」で。 じいさんが話す言葉は「いただきます」と「ごちそうさま」で。 そんな生活だったが、今までとまったく逆の生き方は新鮮だった。
四年ほどそんな生活で過ごし、じいさんが魔剣使いだと知ったのはじいさんが出て行く時だった。
その時でさえじいさんは何も語ろうとはしなかった。だから尋ねた。
「結局俺の生き方って何なんだよ」
「そんなものは自分で見つけるもんだ。俺はお前にきっかけをやっただけだ。それに、本当はもう分かっているんじゃ
ないのか? 自分の生き方が」
「そんなの…分かるわけねぇだろ」
嘘だ。本当は薄々分かっていた。でも分かっていたとおりだとするなら。それは。
「たった五年だが、五年もの間平和になる。五年もあれば人が得られる物は多い。その間に見つけろ」
俺の生き方というのはじいさんがいてこそ成り立つものなんだ。 その言葉を言う事はできなかった。既にじいさんは行ってしまっていたから。
それがまともな初めての会話だったんだと、数時間後『未知』が活動停止したと聞いて気がついた。




5:An Endless Wilderness /

吹き抜ける風。遥か彼方の地平線。シェルターの外。
そこで繰り広げられる死闘。いや、死闘なんてものではない。
兵士の攻撃が当たるよりも先に喰われる。獣の形をした『未知』に。
それはもはや一方的な虐殺に近いのだろう。
それでも兵士は足を止める事はしない。ただ死にに行く。
この異常な世界になりつつある場所で俺は走った。
眼の前で『未知』に兵士が喰われる。迷わず魔剣を突き刺した。
強く、強く、深く、深く、それだけを考えて力を込める。
だが、こちらの力よりも強く『未知』は俺を押し返してくる。
時間は無い。早くも脱力感が俺を襲っている。
負けじとさらに力を込める。だが、『未知』は止まらない。
「止まれよ………止まっちまえよ…………っ!!」
脱力感はどんどん強くなる。足に、腕に、力が入らない。
どさり、という音が聞こえた。俺が『未知』に振り払われ地面に倒れた音だった。
立ち上がることすら困難な状態になってきたがなんとか立ち上がる。
その時には俺は『未知』に飲み込まれていた。俺が立ち上がったのは『未知』の胃の中だ。
酷い悪臭と、足が溶けていく感触。苦痛など感じない、感じられない。
魔剣で斬りつけようとして倒れた。そこまでの体力すら無くなったらしい。
視界は真っ暗になる。自分の身体が死んでしまうまでの秒読みが聞こえる気さえした。
やはり俺にはじいさんのようにはなれないのか。
そう思うと諦めもすぐについた。いいや嘘。とんでもない大嘘。自分さえ騙せない嘘。
死ぬ事なんてどうでもいい。ただ、諦められるはずがない。
五年で得た物は多くはなかった。じいさんの家と、じいさんとの思い出と、僅かな親友。
それと、平凡な今。それだけだった。だが、紛れもなく俺が得た物だ。俺の生き方だ。
俺はそれをじいさんから貰った。ならば俺も彼女との約束を守らねばならない。
突然世界に放り出された『未知』でなくなった彼女にあらゆるものを得られる時間を与えねばならない。
魔剣を握る。
「お前を止めなきゃ、死ね、ない……んだよ………!」
魔剣を振りかぶる。
「死ね、な……い、んだ!」
そこで意識は途絶えた。だけど確かに俺は聞いた。
眩い黒い光があふれ、それに呼応するかのように響いた魔剣の咆哮を。




Epilogue /

「じいさん。行ってくる。家のことは親友に頼んどいたから大丈夫だ」
小さい位牌にそう告げて家を出る。
重いシェルターの出入り口の扉を開けて地上に出た。
そこにあるのは、青い空と照りつける太陽。どこまでも広がる荒野。
そして黒く大きい針のようなものに貫かれている球体の『未知』
はるか遠く、見えるかどうかの上空には『扉』から少し姿を見せる同じく球体の『未知』
それらを見て、荷物の入ったリュックを背負う。腰には刀身のない黒一色の剣。
「さて、行くか」
行く当ても無いくせにそう呟いて適当に歩き出した。

俺は生きていた。
目が覚めたらそこは天国でも地獄でもなく自分の家だった。
家の中を歩き回ったが間違いなかった。
ただ数ヶ月だけの同居人がいなくなっていたこと以外は、間違いなかった。
どこに行ったかなど言うまでもない。
来た時と同じような感覚で外へ出て行ったのだろう。

だから、というわけではないが俺は彼女を探しに行く事にした。
地下という作り物の世界が嫌になったわけではない。
たとえ偽の太陽と月が巡り巡る空間だとしてもそこには間違いなく俺の場所があるのだから。
それでも外に出たのは腹がたったから。
せっかくの平和な時間を感じようともせず出ていった彼女に腹がたったからだ。
一言文句を言わないといけない。
そう思いながら歩を進める。
本物の太陽の日差しは格別で、本物の空の青色はまるで吸い込まれそうで。
本物の風は肌をひんやりとさせる。

彼女を連れてシェルターに戻ったら親友に話してやろう。

そんなことを、考えた。




〜 Fin 〜

あとがきへ



小説ページへ
TOPへ